【夜想曲22話】拒む愛妻2

Dream22.む愛妻2



 きれいな放物線を描いて茂みに落下する物体。

「っ?」

 物体を確認するために恐る恐る茂みをかき分けると、そこには見慣れたあの顔が恨めしそうにこちらを睨み付けていた。

 ……。
 …………。

「……妖怪?」
「誰が妖怪だボケ」
「アンタ何やってんの?」
「オメェ独りじゃ心配だから行けって言われたんだよ!」
「じゃあ何でそんなサイズになってるのよ?」
「分身だから」

 どうだと言わんばかりに腰に手を当て胸を張る物体。

 それは、手のひらサイズになった三頭身のセシルドだった。

 頭が大きいせいか、いつもよりもやたら可愛らしい。

 しかしこのままではふとした拍子に潰してしまいそうだ。

「とりあえず乗りなよ……足短いんだから」

 チビセシルドの前にかがんで、セシルドを自分の手のひらに乗せてやった。

 そしてじっくりと観察する。

「……アンタ本当にセシルドよね?」
うたぐり深いな、金魚のクセに!」
「……踏ん付けて欲しいの?」

 ニヤリと笑って手のひらをわざと少しだけ傾けると、チビセシルドは落ちまいとして慌てて私の親指にしがみついた。

「殺す気かっ! この鬼畜金魚!」

 自分の足元が安定したのを確かめてからセシルドは非難の声を上げる。

 だけどその姿じゃ何を言われても痛くもかゆくもない。

「可愛いね、セシルド」
「ああっ? ふざけんな」

 キレてる。

 それでも可愛らしいから、いつものような憎たらしさは微塵みじんも感じない。

 思わず顔がにやけてしまう。

「おい金魚、ニヤニヤしてないでさっさと夢魔探せって」

 手のひらにどっかり腰を下ろした後、私を見上げてセシルドはそう言った。

「分かってるよ。可愛いアンタを目に焼き付けとくの!」
「はっ。どうせすぐに忘れんだろ?」
「それはどうかなぁ?」

 ふふんと鼻を鳴らすセシルドに、私も負けず含み笑いで対抗する。

 けれどそうだった。今は夢魔を探さなきゃいけないんだっけ。

 とにかくこの分かれ道をどちらに進むか決めなくては始まらない。

「……どっちだと思う? セシルド」
「どっちだって一緒だろ?」
「え? 片方は罠じゃない?」
「罠……。まぁ何とかなる!」

 ちっ、役に立たない。

「アンタ分身なんかしてても役に立つんでしょうね?」
「お前なぁ、ナイトをバカにすんじゃねぇよ! チビでもお前一人守るくらいワケないぜ」

 人の手のひらで胡座あぐらかいて腕組みしてガハハと笑うセシルド。

 ちっこいくせに良く言うものだとちょっと呆れてしまう。

 が、とりあえず意を決して暗い方の道へと踏み出した。

 進めば進むほど荒れていくその道を大股で歩いていくと、次第に鬱蒼うっそうとした暗い雑木林ぞうきばやしに、薄暗い雲で覆われた空だけという異様な景色に変わっていった。

 空気も重くなり、少しずつ息が上がり出す。

 セシルドの夢の中で感じた不快感と同じだ。

「当たりみたいだな、金魚」

 鋭く周りを警戒しながら、セシルドが笑った。

「だね。さっさと見つけてらしめてやる!」
「そりゃ勇ましいこった。んじゃま、オレもそろそろ分身の本領をお見せしますか、ブレイブ殿」

 セシルドはそう言ってすくっと立ち上がると、軽々と私の手から飛び降りた。

 そして器用に地面に着地すると、その背に負っていたこちらもミニチュアサイズのロングソードをスラリと抜き放つ。

「見てろ金魚。腰抜かすなよ」

 遠い地面から遥か上空の私を見上げて、セシルドはその剣を何度か切り払った。

 すると。

 一薙ひとなぎするごとにセシルドの体が大きくなるではないか。

 それはまるで打出うちで小槌こづちで大きくなーれ、大きくなーれと言っているように。

「はい、完成」

 そしてたった何回か切り払っただけで、セシルドは元の大きさへと成長をげてしまった。

「ななななんなのアンタ! やっぱ妖怪でしょ!」
「だから誰が妖怪だボケッ!」

 大きくなった途端に、早速ロングソードの柄の部分でゴツっと小突かれた。

 けれど分身だの巨大化だのするセシルドに驚きまくりで、あんまり痛みを感じない。

「それもナイトの能力なの?」

 殴られたところを手のひらでさすりつつも、私の興味はセシルドの能力に向いていた。

 剣で魔法弾を弾き返したり、分身して小さくなったり大きくなったり、夢の世界だから何でもできると言われてしまえばそれまでだけど、やっぱり私から見れば不思議で仕方ない。

「てか本体はどっちなの? ねぇねぇセシルド教えてよ!」
「あー、うるせぇ金魚だなぁ」
「だって不思議じゃん! 教えてよ」

 面倒そうな顔するセシルドの腕をがっしりつかんで、小さい子供のように揺さぶってやった。キラキラ瞳を輝かせて……いたかは分からないけど。

「しょーがねぇなぁ。どっちが本体だと思う?」
「え?」

 逆に聞き返されて困惑してしまった。

 どう考えても、大きくなったり小さくなったりしている時点でこちらが本体とは思えないのだが……。

 考えながらもお互い一歩一歩を確かめながら、歩を進める。

「だってここにいるアンタは妖怪みたいだし、本体は……上?」
「だから妖怪は切り離せっつってんの。でもまぁ、正解だな」
「じゃあ実体じゃないの? 触れるのに」
「それを語り出したら長ーくなるから止めとく。でも分身と言っても精神は本体そのまんまだし、ま、便利な能力なんだコレは」

 セシルドは簡潔にそう言うと、私の一歩前に踏み出し、くるっとこちらに向き直った。

「そんなワケだから安心しろ」
「はぁ?」

 あんな簡単な説明で安心しろと言われてもなぁ……。

 少しだけ脱力したが、とりあえずこの件は納得したことにするか。

 さらに怪しくなってきた雲行きと、さっきからチリチリ焼けるように熱い短剣が、夢魔の存在を否応いやおうなしに知らせているようだから。

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