Dream26.あの人の為ならとり憑かれたって
「彼はずいぶんと無茶な戦い方をしますねぇ。見てるこちらがハラハラしますよ」
「やっぱリュイもそう思う?」
二重人格の夢魔相手にロングソードを巧みに操りながら、かつ相手の懐に飛び込むようにして戦うセシルドをリュイと二人で見上げていた。
リュイはその腕の中、しっかりとミルさんを抱き締めている。
私を押し退けてひとり夢魔に突っ込んで行ったセシルドには何か考えがあるのだろうけれど、それにしてもセシルドの戦闘スタイルと言ったら何度見ても命がいくつあっても足りない気がして、見ているこちらがヒヤヒヤする。
ヒット&アウェイどころか、ヒットヒットヒットの連続だ。
相手の技量がセシルドのそれを上回ればあっという間に斬り捨てられて終わる。
そんな感じ。
「クライスが心配するわけです。確かにナイトは前衛でもありますが、なんというか……」
「……がむしゃら?」
「ふふふ」
私の問いかけに対して、リュイは薄く含み笑いを漏らしただけだった。
優しいから、本心は胸にしまっておくタイプなのかもしれない。
前にサキュバスと対峙した時に、セシルドがサキュバスの攻撃をことごとく弾き返した事があったけれど、防御行動に関してはセシルドはすごく頼りになった。
人の事言えないけど、私も多分他人から見ればめちゃくちゃな戦い方をしているんだろうし、飛んできた魔法弾を剣で弾き返すなんて芸当はとてもじゃないけどできやしない。
だってただの人間だし。
けれどセシルドにはそれができるし、実際守ってもらったし。
でも、それでも、攻撃する側に回ると危なっかしい。
私の方がまだマシなんじゃないかと思えるくらいに。
「二重人格と言いましたね、あの夢魔は」
セシルドの一撃一撃を、肩をすくめるように見つめていた私の隣で、リュイがふと呟いた。
それを横目で一瞥してから、私もこくりと頷く。
「最初はめっちゃ気弱な女の人だったよ。でも途中から不良みたいな男になった!」
「不良?」
「あ、不良っていうのはね、私の世界では、えっとえっと、子供のうちからやさぐれちゃった人でね」
「や、やさぐれ……? ならず者のことですか?」
言葉の表現の違いに四苦八苦しながらも説明すると、リュイはようやく納得したように続ける。
「どこの世界にもいるのですね。困ったものですが……。でもそれはさておき、あの夢魔が二重、もしくはさらなる多重人格だったとしたら、私がお役に立てるかもしれません」
眉尻を少しだけ下げたリュイはそう言うと、その腕に抱き締めていたミルさんに視線を落として言った。
「ミル、すみませんが、少しの間ひとりで立っていられますか? 私も戦わねば」
「もちろんです、あなた」
先ほどよりも落ち着きを取り戻したミルさんは、しっかりとリュイに視線を合わせた後、すっとその身を引いてリュイから離れた。
「大丈夫ですからね」
リュイは離れていくミルさんを名残惜しそうに見つめながらもそっと微笑むと、もう一度安心させるように頷く。
そんな仲睦まじい夫婦の隣で、やはり私はひとり熱くなる顔を必死に隠しながら戦況を見守った。
もう恥ずかしくて恥ずかしくて、リュイたちの方なんて向けないよ。
見ればセシルドと夢魔は、互いに剣――夢魔の方は剣の形に変化させた片腕――を突き合わせたり、かと思えば体当たりを仕掛けてみたりしながら相手が隙を見せるタイミングを見計らっているようだった。
相手を弱らせないことには封印するにしても骨が折れるし、第一あの夢魔の中には少なくとも二つの人格が存在する。
ただ闇雲に攻撃したってどうにかなるわけではないのだ。
……と思う。
でも、リュイには何か策があるのか、おもむろに彼の商売道具でもあるプラチナ色の竪琴を取り出すと、さざ波立つ空気を鎮めるようにして、ポロンと弦を一弾きした。
セシルドと夢魔が生み出す歪みの音。
そこにリュイの生み出す清らかな旋律が加わっていく。
戦場にはおおよそ不釣り合いの、とても澄んだ、美しい音色に目を閉じて聴き入りたくなる。
まあ、戦っているのはセシルドと夢魔だけなんだけど、それでもここは戦場。
気を引き締めないと、すぐに悪魔にとり憑かれてしまう。
「ミルさん! 手、繋ごう!」
「え?」
ひとりで不安な表情を隠そうともせずに立つミルさんに、私はさっと手を差し出した。
「大丈夫! 私、喧嘩なら強いんです。夢魔がこっちに来たらやっつけてやるんだから!」
「キラ……さん……」
目を丸くしたままのミルさんの手を強引に取って、そしてにんまりと笑うと、ミルさんも少しだけぎこちなかったけど笑ってくれた。
ああ、すごく可愛い人だ……。
少しだけ儚くて、ふわっとしてて、お花のよう。
リュイの大切なミルさんを、リュイの代わりに守らないと!
突然降って湧いた使命に、私はもう一方の手に握り締める短剣に目をやると、ふんと鼻から息を噴き出した。
戦況は相変わらずセシルドと夢魔のぶつかり合いに、場違いな旋律を奏でるリュイという不思議な光景が広がっている。
「おっさんになっても弱えーのな! これなら楽勝楽勝!」
「てめぇ!」
セシルドがうまく夢魔を挑発しながら戦ってるおかげで、夢魔の意識はしばらくこちらには向きそうもない。
けれど夢魔がとり憑いているのはミルさんだから、きっとこの場を離れてどこかに逃げてもあっという間に見つかってしまうのだろう。
だからせめて、手を握ることしかできないけれど、ミルさんを安心させたかった。
私たちが来るまで、ずっとひとりで怖くて心細い思いしてたんだろうしね。
「キラさん……あの……」
「はい?」
いつ夢魔がこっちに来ても平気なように、片手で短剣の素振りをしていた私に、ミルさんが声をかけてきた。
「何ですか? 怖かったら私の後ろに隠れます?」
「あ、いえ……そうではなくて……あの、……ありがとうございます」
そっと微笑みながら、小さな声でミルさんが俯く。
「私……本当はずっとひとりで怖かったんです。もし私がここから逃げようものならば、今度は夫に乗り移るって言われて……」
「はぁ? 脅されてたってことですか?」
「ごめんなさい……」
「だからかぁ! あのおっさん夢魔最低じゃん!」
か弱い女性を脅すだなんて、心の底から軽蔑する。
その心理が声の大きさに反映されてしまったようで、途端に夢魔が反応を見せた。
「おい! 今おっさんて言ったか」
「言ったよ! 卑怯者のおっさん!」
「卑怯者だと?」
「ひきょーじゃん! その体の中にもう一人いるんでしょ。一人じゃ何もできないクセに。喧嘩売ってんじゃねーよ! ばーかっ」
短剣を突き上げて、腹に力を込めてわーわーそう叫ぶと、夢魔はセシルドの挑発を無視して私に向かってきた。
「あっ、金魚! このバカヤローが!」
今度はセシルドが私を罵る声が聞こえたけれど、それよりも情けない手を使って優位に立とうとしていた夢魔が許せなくて、私はとっさにミルさんの手を離すと「ダセぇんだよ、じじい!」と大声上げて、そのまま夢魔へと突っ込んだ。
ボッコボコにしてやるんだから!