Dream43.実家に帰りたくない王子
アイラさんに複数の夢魔がとり憑いていた。
その事実は、一瞬にして私以外の三人を驚愕のどん底へと突き落とした。
夢の世界のそれまでの長い歴史の中で存在してきた夢魔の根底を、根こそぎ覆すような事象だったからなのだが……別世界から引っ張られてきた私にはその重大さがイマイチ飲み込めない。
「何人もの夢魔に同時にとり憑かれたって見る夢はひとつだろ? 見れないのに寄ってたかって同じやつにとり憑いたって意味無いだろ?」
「うん……まあ……」
「だったら別のやつにとり憑いた方が悪夢を見せる役割しかない夢魔からすれば効率良いだろ?」
「うん……そうだね……」
「お前分かってんのか?」
「うん……多分……」
どうして夢魔は人間一人に対して一人しかとり憑かないのか、その理由をセシルドが説明してくれるも、私はどうしても腑に落ちなくて曖昧な返事を繰り返していた。
だって実際、アイラさんにはたくさんの夢魔がとり憑いていたんだから。
この手のひら山盛りの透明の珠。
全部がアイラさんの夢の中で黒い欠片として散らばっていたのを私も確かにこの目で確認しているし、私の短剣に呼応して元の黒い珠に戻るところだってちゃんと見ている。
「セシルドたちが知らなかっただけなんじゃないの?」
だから素朴な疑問がぽろっと口から零れてしまったって、それが彼らにどれほどの衝撃を与えるかなんて分かりはしない。
「いや、お前な……。ってもこの世界のモンじゃねーと知らねぇか。と・に・か・く! これまではあり得なかった事なんだよ!」
一言一言を強調して言ってくるセシルドの態度にちょっとばかりムカッ腹が立ったのは本音だけど、確かに私もこの世界の事なんてほとんど知らないも同然だ。
だから適当に「ああそーですか」と頷いて、そっぽを向いた。
すると、アイラさんと話し込んでいたクライスとリュイがちょうどこちらを省みたところで目が合って、リュイがちょいちょいっと手招きしたものだから、私とセシルドもまた顔を合わせると、肩を並べてそちらへ向かう。
全員が揃ったことを確認してからクライスが口を開いた。
「明日の夜明けに出発すれば、日暮れ前には城にたどり着けるだろうから、みんな今夜は早めに休んでくれ」
「アイラさんは? どうするの?」
「ここから一人で北の国まで帰るのは難儀だろうし、複数の夢魔にとり憑かれていたというのも気になるから西の城までは同行してもらうことにした。西の国は賢者も魔術師も城内に駐留しているから、彼女のことはそこで聞いてみようと思う。良いな? アイラ」
「はははい! すみません私……西の王子殿下だとは露知らず……あああのあのあの……」
クライスに名前を呼ばれて恐縮しっ放しのアイラさんは、顔を真っ赤に染めると素早く俯いてしまった。
そっか……。
すっかり忘れてたけどクライスって一応一国の王子様なんだよね……。
すごい気さくだから忘れてたけど……。
「そんなに怯えなくて良い。王子と言ったって気楽な第三王子だ。普通に接してくれ」
「そーだよ、アイラ。この人全然王子とはほど遠い人だか……」
クライスの言葉に被せるようにして、すかさずセシルドが横から口を出す。
しかしながらやっぱり最後までその言葉を紡げなかったのは、笑顔のクライスから無慈悲な肘鉄がその上に降り注いだからだった。
その様子を目の当たりにして、リュイが一人苦笑する。
「……テント、もう一張りしましょうね。私の物がありますから」
翌朝早く、アイラさんを仲間に加えた私たちは西の王城を目指して出発した。
クライスの白馬にはアイラさんが乗ることになったから、私はリュイの後ろに乗せてもらう。
「セシルドの馬は荷物もあるし、これ以上重くなったら可哀想だもんね」
そう言ってそそくさリュイの馬に跨がった私を、セシルドは何も言わずに視線で一撫でしただけで、すぐに無言で頷いた。
なんかちょっと気味悪いけど、後で体重が重いから馬が疲れたとか言われても嫌だもん。
テントを張っていた場所を出てしばらくすると、話しに聞いていた岩稜地帯に差し掛かる。
思わず口を開けて上から下まで眺めてしまうほどに深い谷の中腹を、馬がなんとかすれ違えるくらいの細い道が沿うようにして続いている。
これではクライスの言った通り、夜に通行しようものなら無事に通り抜けられるか知れたものではない。
足を滑らせて谷底にまっ逆さま、ってことだって冗談でもなんでもなくあり得る。
ゾゾゾっと背筋を悪寒が走り抜けていった。
すると、前を向いたままのリュイが首だけ私の方へと振り返る。
「寒いですか? キラ。震えているようですけど……」
「ああ、なんでもないの! ただ、下見たら怖くなっちゃっただけ!」
「ああ……。深い谷ですよね。西の国はこのラルファールの中でも一番地形の起伏が激しいと聞きます。何でもないような顔をしていますけど、クライスも王子としてあちこち奔走しているのは決して奔放なだけではないのかもしれないですよ」
「え……? それってどういう……?」
意味? と続けようとしながらクライスの方へと視線を向けると、クライスはアイラさんと楽しそうに喋りながら愛馬を進めていた。
けれどもどことなくいつものクライスと違うように感じたのは、いつも座っていた私の場所がアイラさんに変わったからなのだろうか。
私がいつも、そこにいたのに。
……。
……。
あれ?
……?
おかしいのは私か?
あれ? あれ? と一人首を傾げていると、ふいにリュイが私だけに聞こえるようにして囁く。
「クライス……あまり城には帰りたくないみたいですね」
「え? 自分の家なのに?」
「ええ。窮屈なんだそうです、城の暮らしは……」
「えー、贅沢な悩みだなぁ」
王族に生まれる事。
それって少なくとも全員が一度は憧れる事だと思うのに、やっぱり実際その立場になるとまた別の悩みがあるってことなのかな。
クライス。
笑ってるけど、いつもと違う。
憂鬱の塊が、クライスの周囲にだけわだかまっているのが私には分かるよ。
なんでか知らないけど。
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