【夜想曲24話】ナイト

Dream24.ナ



 さてこの状態どうしよう。

 セシルドが消えてから早数分。

 言われた通り、ロングソードを握り締めたまま、セシルドがリュイ達をともなって帰るのを待っていた。

 それなのに。

 なんてお約束な展開。

「ちょっとは空気読みなさいよ」

 図ったかのように颯爽さっそうと現れた夢魔に対しても、驚きよりもまず悪態の言葉が先に出る。

 向こうは私が驚くのを期待していたのだろうか。

 登場するやいなや、いきなり言葉による先制攻撃を受けて若干狼狽うろたえていた。

「アンタがここのあるじ?」

 少しばかり戦闘モードに入りかけてきた私は、低く鋭い声と眼差しで怯える夢魔を威嚇いかくする。

 すると夢魔は慌てて何度も頷いた。

「答える時は返事ッ!」
「は……ハイッ!」

 ちょうどいい。

 どうせこのままの体勢じゃ十分に戦う事なんてできないのだし、ひるんでるのを利用して時間を稼いでおこう。

 けれどこの状態でできる時間稼ぎと言ったら……?

「アンタが取り付いてる人は一人?」

 とか。

「ミルさんの中から出て行くつもりは無いの?」

 とか。

 ありきたりな会話でやり過ごす事しか思い付かなかった。

 けれどそんなその場しのぎの話題が長くつはずがなく、いい時間稼ぎの方法も思い付かないまま私は沈黙してしまった。

 ヤバい。
 どうしよう。

 このまま黙ってるうちに夢魔がその気になったら戦うしかなくなる。

 この不利な状態で。

 キッと視線を尖らせたまま夢魔の様子を垣間見ると、幸いにもまだ私の勢いにおびえているようで、少し胸を撫で下ろした。

 私よりも少し小柄な夢魔。

 戦うにしても、何とかならないわけでもなさそうだが、セシルド達の早い合流を望んでやまない。

 まだなの?
 まだなの?

わずかな時間でも焦りだけが募っていく。

 すると意外にも、夢魔の方から声を掛けてきた。

「あ……あの……」
「なによ?」
「いえ……あの……、お一人ですか?」
「見りゃわかるでしょ」

 怯える夢魔にわずかながらいら立ちを覚える。

 怯えさせたのは私だけど、何かこの夢魔……引っかかるのだ。

 ただの小娘に過ぎない私に威嚇されてここまで隙を見せる気弱いこの夢魔に、ひと一人を魅了できるような手腕しゅわんがあるとは到底とうてい思えない。

 どういう事だろう……。

 注意深く観察しながら、頭の中で様々な思案しあんを巡らせる。

 まさか……もう一人夢魔がいるとか?

 この前のサキュバスのような上位夢魔が一度に複数の人間にとり憑けるように、無能な夢魔は二人で一人を魅了する、とか。

 まさかね、さすがにそれはないか。

 などと考えていると、またもや夢魔が遠慮がちに尋ねてくる。

「あの……」

 ああいけない。

 自分の考えに集中し過ぎていて、目の前の夢魔の存在を一瞬忘れていた。

「あの……」
「だから何?」
「あの……、命令なので……捕まってくれませんか? あの……良ければ……」

 は?
 捕まってくれ?

 しかも良ければ、って。

「いや良いワケないし」

 何が何だか分からずに、思わず鼻で笑ってしまった。

 何なの、この夢魔……。

「あの……でも命令なので……」
「誰の命令よ」
「い……言えません! でも捕まって下さい」

 夢魔はそう言って、いきなり私に向かってか細い手を伸ばしてきた。

「ちょちょちょっと!」

 夢魔の手が触れるか触れないかのところで、とっさに短剣を逆手さかてに持ち替えて夢魔の手を振り払う。

 その拍子にわずかながら短剣の刃が夢魔の腕を切り裂いた。

 小さな傷口から赤い血がにじみ出す。

「やば……」

 夢魔を傷付ける気などなかったのに、逆手さかてに持ち替えたのがあだとなってしまって私は内心焦り出す。

 見たところほんのかすり傷だが、敵の闘争本能をき立てるには十分過ぎる要因よういんだ。

 さて今度こそどうしようと思いつつ、夢魔の様子をうかがうと、案の定夢魔は異様な空気に包まれていた。

 どう見てもこれはヤバい雰囲気だ。

 再び短剣を握り直し、夢魔の挙動に目をやりつつも体勢を低めに身構える。

 異様だった。

 傷口を押さえうつむく夢魔の口から発せられたうなり声が、どうしても男の声にしか聞こえなかったからだ。

 注意深く観察しながら、短剣に力を込める。

「ううう……よくも……」

 そう言いながらゆっくりと顔を上げた夢魔を見て、私は驚愕きょうがくした。

 先ほどまでの気弱な夢魔とは打って変わって、百八十度人相にんそうを変えた顔がそこにあったのだ。

「ふん、だからさっさと”オレに代われ”と言ったのに」

 やはりはっきりとした男の声で夢魔は独り言のように呟いた。

 何こいつ……。

 次第に早まる鼓動が否応いやおうにも警鐘けいしょうを鳴らす。

「テメェ、全てが済んだら八つ裂きにしてやるからな」

 赤い舌を覗かせて夢魔がニヤリと笑った。

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