Dream27.リュイの調べ
「あーもう、せっかく俺が引き付けてたのに邪魔しやがって、あのバカ金魚が!」
私に向かって突撃してくる夢魔の背を追って、セシルドがぼやきながらもこちらへ進路を変えた。
「ミルさんは離れて! リュイの傍に!」
私は素早くミルさんに目配せすると、短剣の刃先を夢魔に向けてそのまま駆け出す。
私とセシルドに挟まれる形の夢魔との距離が縮まっていく間にも、リュイの竪琴からはうっとりするような美しい音色が次から次へと生み出されていった。
リュイの奏でる音楽には、沸き上がった頭を冷やす効果でもあるのかもしれない。
腹が立って、ムカついてしょうがないのに、どこか冷静に状況を俯瞰する自分もどこかに存在しているようだ。
セシルドと共闘するにはどこから攻めて、どこに退けば得策か、旋律に乗せてやんわり導いてくれるみたい。
刃と化した夢魔の剣が短剣に触れるか触れないか。
私はすかさず右足を踏み込んで、左側にステップ。
夢魔の側面に回り込む。
勢い付いた夢魔は、突然視界から外れた私を追おうとしたのかバランスを崩して急停止すると、そのまま向きを変えて突進してこようとする。
けれどもすぐ目の前にまで迫ったセシルドのロングソードが頭上に振り上げられているのを目の当たりにして雄叫びを上げた。
「クソガキどもめ。チョロチョロと!」
「ガキだからチョロチョロできるんですぅ! 足もつれて転んじゃえ!」
ちょっと苛立ち始めた夢魔に追い討ちを掛けるようにして横から挑発してみると、夢魔の視線だけが一瞬私を追いかけてきた。
しかしながらそれがセシルドからすれば大きなチャンスとなって、夢魔からすれば致命的な隙となった。
大気を切り裂く轟音を伴って、セシルドのロングソードが振り下ろされる。
夢魔は一瞬遅れて、片腕を変化させた剣でそれを受け止めようとした。
けれどもタイミングがわずかに合わず、セシルドのロングソードは夢魔の剣の刃先に向かって勢い良く滑ると、夢魔の肩口へザックリと斬り込んでいった。
絶叫が、夢魔の口から発せられる。
それを合図としたように、突然の突風が巻き起こり、時空が歪む。
夢魔の造り出した悪夢の世界が、その精神状態に伴い揺れているように思えた。
「ねえセシルド。封印する前にこの空間壊れちゃったらどうなるの?」
「ああ? そんなの全員放り出されるか、一緒に消滅するかのどっちかに決まってんだろ」
「まままマズいじゃん! それ絶対マズいじゃん!」
ぶっ刺して、ボコボコにして、さっさと封印してしまえば済むと思っていたけど、放り出されるならまだしも消滅の方に当たってしまったら……冗談じゃない。
「待って待って! 力でゴリ押しできないじゃん。どうすんのよ」
力ずくで何とかするしか方法が分からない私は、セシルドに質問責めするしか思い付かない。
けれどもヤツも……私と同レベルだった。
「なんとかなる! とりあえずお前の短剣で刺してみろって!」
脳筋恐るべしとはこの事か……。
人のこと言えないけども。
仕方ないので少ない知識を総動員して考えてみる。
えーとえーとえーと?
確かサキュバスを封印した時は、短剣から光が溢れ出て、そしてそれを地面に突き刺したら封印できたって聞いたけど、今は短剣から光なんて出てないし、それに夢魔の中にいる人格の数だけ封印が必要だと言う。
この状態で夢魔を倒し、空間を破壊したってきっとダメなんだろう。
だって最初の気弱なお姉さんの方の人格は、倒したわけでもないし封印したわけでもないから。
リュイは何か考えがあって竪琴を弾いているのだろうけど、何の動きもないし。
「どおすりゃ良いのー?」
時おり飛んでくる夢魔の攻撃を避けながら、頭がこんがらがる思いで半泣きになりそう。
けれどもちょうどその時。
「キラ、今です! 隙を突いて夢魔を封印してください!」
ゆったりと流れるような旋律に乗せて、リュイの鋭い声が響いてきた。
驚きリュイの方に視線をやると、リュイが力強く頷く。
まったく意味が分からなくて首を傾げる私をよそに、夢魔の肩口を切り裂いたセシルドが、刺さったロングソードを抜こうと剣を引いた時だった。
「うわっ!」
思わずそこにいた全員が飛び退かなくてはならないくらいの勢いで、夢魔の傷口から黒いオーラが吹き出てきたのだ。
「な……なんだこれはっ」
夢魔自身も、自分に纏わりつくように広がっていく黒い靄を振り払おうとして、がむしゃらに手足を動かしている。
もはやこちらの事などお構いなし。
隙だらけだ。
「金魚、今だ! 突撃ッ!」
「うるせー! 金魚じゃねーーッ!」
セシルドの号令に怒号で返しながら、改めて短剣を握り直して夢魔へと向かう。
すると、それまで何の反応も見せていなかった短剣から、目映いほどの光が溢れ出した。
光はリュイの竪琴の音に誘われるようにして、夢魔の四肢に絡み付いてゆく。
黒のオーラと短剣の光でぐるぐる巻きにされていく夢魔は、尻尾を着ければさながら虎のコスプレをした変な人にしか見えなくて。
「ぷぷっ」
堪え切れず噴き出し、立ち止まった私にセシルドとリュイが声を上げる。
「早くやれって金魚!」
「キラさん、早く!」
二人に急かされ、肩をびくつかせた私は、急いで笑いを噛み殺すと再び走り出す。
「なんか分かんないけどもうやったる! どりゃあああああ!」
こうなったらもう破れかぶれ。
年頃の女子にはとても似つかわない雄叫びを上げて、握り締めた短剣を夢魔の体に突き立てた。
手のひらに伝わる、確かな手応え。
……が、無かった。
「ありゃ?」
まるで綿あめでも突いたような優しい感触に、口をポカンと開けたまましばらく佇む。
と。
「うわーーーーーっ!」
突如。
短剣の突き刺さった箇所から光の洪水が噴出し、ぼーっと立ち尽くしていた私はそれをもろに食らって後ろに吹っ飛んだ。
おまけに目が眩んで何も見えない。
「キラさん、大丈夫ですか?」
そんな私にいち早く駆け寄ってくれたのは、他でもないミルさん。
怖いのだろう。その手が震えている。
「大丈夫です。でもまだ目が見えなくて……。今どうなってるんですか?」
眩んだ視界はいまだ闇に閉ざされていて、私の耳に聴こえるのはリュイの奏でる美しい旋律と、夢魔の断末魔。
「キラさんの短剣が刺さったところから光が溢れて、夢魔を……包んでいる?」
状況を説明してくれているミルさんの声が驚きのためか大きくなる。
少しでも早く視力を取り戻そうとして、瞬きを繰り返す私の視界に、少しずつ光が戻ってきた。
すると夢魔を包んでいた光がぎゅっと凝縮されたかと思うと夢魔の姿形はそのままに、その傍らにポロっとこぼれ落ちた黒い珠がひとつ。
「あれ……やった……?」
全員の視線が黒い珠に集中する中で、私だけがひとり、目をぱちくりさせたままボソッと呟く。
けれども、夢魔の体はいまだそのままに、その場に立っていた。
それがなんとも不可解で……。
「やった……のか?」
セシルドも少し距離を置いたところから、眉間に皺を寄せている。
「いえ、まだです。もうひとり人格があると言っていたでしょう? そちらが出てくるはずです。油断なさらないように……」
プラチナの竪琴の弦を弾きながらリュイが言う。
すると、彼の言う通り、次第に夢魔の表情に変化が見られた。
険のあるそれから、陰のあるそれへ。
そうしてゆっくりと目を開いた夢魔は……。
「いやあぁぁぁっ! 敵が……敵が増えてますぅぅ! 無理ですぅぅぅ!」
絶叫して、その後泡を吹いて卒倒してしまった。
……なんなんだ。