【夜想曲28話】どこまでも落第する夢魔

Dream28.どこまでも落する夢魔



 人格が入れ替わった途端にパニックを起こしてぶっ倒れた夢魔を、私たち四人は取り囲むようにして見下ろしていた。

 完全に白目をいて、口から泡を吹いて気絶している。

 そのかたわらには小さな黒いたまがひとつ転がっていたので、セシルドとリュイに確認した後拾い上げてみた。

 手のひらの上で落ちないように固定して、そっとその珠を覗き込む。

 すると、先ほどまで夢魔の第二の人格として荒ぶっていた人相の悪い方が、珠の中で膝を抱えて丸まっていた。

「これってどういう現象? 体の外に追い出されちゃったのかな。珠を割ったり、口の中に押し込んだら元に戻るのかな?」

 黒い珠をまじまじと覗き込みながら独りごちていると、すかさずセシルドが私の疑問に割って入ってくる。

「お前、時々思考が怖ぇな……。考えるのは良いけどやるなよ」
「やらないよ! 言ってみただけじゃん」
「口の中に押し込むのは窒息ちっそくしてしまいますからね。さすがに夢魔が相手でも気の毒です」

 セシルドの突っ込みに反論していると、苦笑いのリュイにやんわりさとされた。

 あたし、そういう事やりそうに見えるのかな……。

 うんうんうなりながら首をかしげたり戻したりしていると、気を失っていた夢魔に動きがあった。

「うう……ん」

 かすかに身じろぎした後、そっとその目が開かれていく。

 私たちはとっさにミルさんだけを少し夢魔から遠ざけると、先ほどと同じようにして今度は三人で夢魔を覗き込んだ。

 ゆっくりと開いていく夢魔の瞳の中に、私とセシルドとリュイがいっぱいに映る。

 すると……。

 夢魔が一回、大きくまばたきをした。

 そして。

「いやぁぁぁ! ころ、ころ、殺され……むぎゅっ」

 空間を揺るがすほどの大声でわめき叫ぶ夢魔にたまらず、気付くと私は彼女を羽交はがめにした上で、その口をさらに手でふさいでいた。

「ふがふがふがーーッ!」
「もううるさい! ちょっと静かにしてよ!」
「ふがふがふがーーッ!」
「次気絶したら、アンタの親玉のところまで連れてって、あたしを捕まえるの失敗したのコイツだ、って言うからねッ!」
「ぎやーーーッ! ふがふがふが」

 腕の中で暴れる夢魔と格闘しながら問答もんどうしていると、「ちょっと待ちなさい!」と珍しくリュイの鋭い声が届いたので、私と夢魔は一瞬動きを止め、同時にそちらを注目した。

「今……何て言いました?」
「え? 親玉にチクってやるって……」
「何をです?」
「え……あたしを捕まえるの失敗したって……?」
「どういう意味ですか。キラ」
「え? え?」

 見たこともないくらいに険しい表情かおをしたリュイに戸惑い、私の視線は不安げに揺らめいた後、セシルドの顔をとらえた。

 見ればセシルドもリュイと同じように怖い顔をしている。

「お前……狙われてんのか?」

 そしてそれだけを呟く。

 いつもよりも低い声で。

「し……知らないよ! この人に聞いてよ!」

 心のさざ波に呼応こおうするようにして、夢魔を締め上げる腕にも力が入ったのか、夢魔は小さく「ぐげっ」と悲鳴を上げている。

「この人に言われたんだよ! 命令だから捕まってくださいって! 言ったよね?」

 羽交い締めにしたままの夢魔を見下ろして問いかけると、夢魔は再び小さく「ぐごっ」とだけ漏らす。

「き……キラ! ひとまずヘッドロックはやめましょう。聞き出す前に夢魔が死んでしまいます!」

 夢魔の様子を確認して、慌てたリュイが私に声を掛けてきた。

 言われて改めて夢魔の顔を覗き込むと、顔面蒼白になったまま、また泡を吹き掛けている。

「うわうわ、つい力入っちゃった」

 いけないいけない。

 どうしてもそれまでのクセで、イラっとするとつい力が入っちゃうんだ。

 でも完全に解放すると逃げられちゃうかもしれないから、とりあえず呼吸に支障のないくらいまで拘束を緩めることにした。

「げほげほ……。し……死ぬかとおも……思いました……」

 体の不自由はそのままに、首の自由だけを取り戻した夢魔は何度か咳き込んだあと、途切れ途切れにそう言った。

 なんか……そんな風に言われると、私が悪者になったみたいで居心地が悪い。

 後味の悪さにしょんぼりしたまま微動びどうだにしないでいると、私を一瞥いちべつしたセシルドがすっと隣まで移動してきた。

 それから夢魔の目線に合わせてしゃがみこむと、折り曲げた膝の上に頬杖ほおづえをつく形で口を開く。

「あんたさ、俺たちのこと殺しに来といて何言ってんの?」
「え……」

 いつもの軽薄さを微塵みじんも感じさせない冷たさで夢魔に問い掛けるセシルドの顔といったら、それこそ別の人格がひそんでいたのではないかと思うくらいにいつもと違ってめっちゃ怖い。

 可愛いと言っても(そこそこ)整っているからか、表情が無くなると余計に冷たく見えて、背筋がすっと寒くなるような感じに私は人知れずブルッと身を震わせた。

 けれど、それが夢魔にも伝わったのかは分からない。

 彼女の体もまた、小さく震えていたからだ。

「わた……私は……私はそんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもり?」

 夢魔とのやり取りを黙って見下ろしながらも、セシルドの冷たく凍りついた童顔から目が離せない。

「私……私はただ……キラこの人を捕らえに来ただけなんです! ミルあの人にとり憑けば、絶対捕まえられるからって言われ……て……」
「誰に!」
「ひぃ! い……言えません! 言えません!」

 ずいぶん義理堅いというのか、忠誠心が強いというのか、おっかない顔したセシルドに追及ついきゅうされても夢魔は口を割らない。

「私は……私は殺しになんて来てないです。私じゃない方の私がやったことなんです! 私じゃない方の私が……あれ?」

 自身の潔白けっぱくを必死に訴えながら叫ぶ夢魔が、突然動きを止めて首を傾げた。

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