【夜想曲30話】セルフ封印を編み出した!

Dream30.セル封印をみ出した!




 私の不用意な一言で夢魔が泣いてしまったが、なんとか一生懸命みんな(主にリュイ)でなだめて泣き止ませることに成功した。

 はぁ……めんどくさい。

 心の底からそう思ったが、それを口にするとまた泣いてしまうのでグッと我慢する。

 けれどまたそれで夢魔を拘束する腕に力が入ってしまったようで、夢魔は再び小さく「げふっ」と悲鳴を上げた。

「あなた達夢魔の皆さんが善良な人だと言うことはよく分かりました。でも、そんなあなた方がなぜ魔術師ではなく、別の誰かの支配を受けることになってしまったのです?」

 夢魔の置かれた状況に寄り添うような言葉でさりげなく論点を核心へと近付けていくリュイの話術には、私もセシルドも舌を巻くしかなかった。

 完全に蚊帳かやの外へと追いやられたセシルドが、そっと私の隣に移動してくる。

 そして私にだけ聞こえるようにこっそりと「あいつ……闇落ちしたら詐欺師になれそうだな」なんて言うもんだから、一発その横っ面をグーパンしてやった。

「いでっ!」
「リュイが闇落ちするわけないじゃん!」

 突然ぶっ飛んだセシルドにリュイは目を丸くしていたけれど、ふっとその顔に苦笑を浮かべると、夢魔との会話を再開する。

「きっと何か、きっかけになるような出来事などがあったのではないですか?」

 その声色は、相変わらずのいつくしみに溢れている。聞く者の心に平安をもたらす魔法のように。

 だから夢魔も、きっと警戒心なんて無いままに話してしまうんだろう。

 正直に。

「……分からないんです、本当に何も……。でも、変わってしまったみんなは、誰かに”呼ばれた”と言ってた。そして再び姿を現した時にはもう以前のみんなではなくて……」
「そうですか。そしてあなたの中にも、別の人格たる”彼”が現れたのですね?」
「はい……。それで”アイツ”から命令されて……。――本当よ? 本当にそこから先は何も知らないの!」

 表情は見えなくても、その悲痛な声から夢魔の感情が伝わってくる。

「そうですか……。では、キラを捕らえないことにはあなたは帰るに帰れないのですね? 魔術師の元に帰るという選択は?」
「魔術師は……私達の力を抑制よくせいしているというだけの話です。そこに住んでいたり、使役しえきされるものではないから。だから……”アイツ”がいなくなれば私は自由。でもきっとまた、別の”誰か”が私の元へとやってくる気がするわ。そしていつか、私は私ではなくなる……」

 私は私でなくなる……。

 彼女の話を聞きながら、その言葉の意味を自分なりに考えてみたけれど、やっぱり、彼らの言う”親玉”が夢魔に何かしたのではないかとかんぐってしまう。
 
 もし仮に、夢魔達が”親玉”の良いように操られているのだとしたら、突然人が変わったような振る舞いをするようになっても不思議ではないし、考えられる話ではある。

 この夢魔だけが、別人格としてその悪い部分と対面することになったのは不思議だけど……。
 
「うーん、だいたいの事情は分かりましたが困りましたね。なぜキラが狙われるのかは分からず仕舞じまいですか……」

 その目をらすことなく夢魔の話をじっと聞いていたリュイが、片手で竪琴たてごとを抱えたまま、もう片方の手を顎にやって首をかしげた。

 そして深く思案しあん旋律せんりつに乗っていくように、黙り込んでしまった。

「こいつのどこに、そこまでする価値があるのかねー」
「どういう意味よ」

 そんなリュイに代わるようにして、横目で悪戯いたずらに私を一瞥いちべつしてニヤリと笑うセシルドに、私も横目で悪戯に睨みを利かす。

「私、希少なブレイブなんでしょ? レア物ってことでしょ? 何かあるんじゃないの?」
「爪のあか食わせたら金魚になれるとか?」
「しつけーな!」

 もう一発必要かと思って素早く鉄拳を振りかざすと、セシルドはすかさずその場から飛び退いて「引っ掛かるか、ばーか」とおどけたまま舌を出した。

 腹立つーーッ!

 そんなセシルドに対してワナワナ拳を震わせていると、少し離れた場所からクスクスとミルさんが笑っていた。

 それを瞳の端でとらえたのか、リュイもまた心底嬉しそうな顔をして微笑んでいる。

 そしてそれからまた夢魔にその視線を合わせると、ゆっくりとした口調で再び話し始めた。

 その目には、先ほどまでとはまた違う光をたたえている。

「考えていても仕方ないようですから、その答えを見つけるためにも我々はここを去ります。もちろんミルも一緒にね。そこで、あなたには提案があります」
「……提案?」

 締め上げたままの腕の中で、夢魔の顔が上がるのが分かる。

 それに合わせて、私もセシルドもリュイに注目する。

「ここから出るにはあなたにミルの呪いを解いていただかなくてはなりません。それはすなわち封印を受け入れるか、それとも消滅するか……そのどちらかです。逃げることはできませんよ。あなたを拘束してしまった我々の方が圧倒的に有利ですからね。封印か、消滅か。……あなたが選んでください。」

 リュイにしては思い切った発言だと目を見張る私の腕の中で、夢魔もまたかすかに身を固くした。

 非情な選択だ、当たり前だと思う。

 封印されるにしても、消滅するにしても、どっちにしたって夢魔は自由を奪われる。

 存在が、消えることになる。

 小刻みに震える体が、その恐怖を如実にょじつに表しているようだった。

 私なら、きっとどちらも選べない。

 そんな風に思っていると、リュイはさらに続けた。

「すみません、言葉が強すぎましたね。ですがこれ以上私たちはここであなたの相手をしてはいられないのです。あなたの親玉とやらがキラを狙っているのならなおさらね。私たちはあなた方夢魔に起こった謎も、そしてそれを操る者も探し出さなければならないのです。封印は、それが終わるまで、と約束しましょう。全てが終わったら、必ずあなたを解放します。それを踏まえて選んでください」

 少しだけ膝を折り、夢魔と真っ直ぐ視線を合わせて断言するリュイに対して、夢魔はしばらく口をつぐんでしまった。

 即決などできる問題ではなかったからだ。

 夢魔の心の葛藤かっとうは、いちいち言葉にしなくたって、その顔を確認しなくたって分かる。

 自分に置き換えれば、どう思うかなんて……。

「封印してください」
「えっ? 早っ!」

 ほんの少しの逡巡しゅんじゅんを経て、はっきりとそう宣言した夢魔に驚き、私は思わずツッコミを入れてしまった。

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