首途八幡宮から歩いて約10分ちょっと。千本通を渡ってたどり着いた、千本釈迦堂。大報恩寺、というのが正式名称で、おかめさんの伝説の残るお寺である。
仏像仏像♪ と意気揚々と門をくぐると、一人のおじいちゃんが送風機を使って境内のお掃除をしていた。
ダクトを繋いでゴーゴーやっていたので邪魔にならないよう挨拶だけして通り過ぎ、すぐ右手にあった愛染明王のお堂を覗き込み、それからいそいそと本堂へ向かう。
すると背後からおじいちゃんに呼び止められた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと来なさい」
はじめ、自分に呼び掛けていると思わずに、立ち止まってキョロキョロしてしまったが、振り返るとおじいちゃんが手招きしていたので小走りで近寄る。
「付いておいで」
と言われて後ろをちょこちょこ付いていくと、先ほど覗いた愛染明王堂の前。細かく位置を指定され、そこから覗いてごらんと言われて覗き込む。うん、さっきの愛染明王さまが見える。
なんとおじいちゃん、お堂や境内の像、本堂や霊宝館の宝物に関して一通り説明してくれたのだ!
愛染明王さまの堂は今さっき見たのだが、説明してもらうとひとりで覗いた時には目に入ってないものが見えてくる。ついつい愛染明王さまばかり見てしまうのだが、他にも様々なものが置かれていたりするのである。
それがお向かいのお堂。
実はこちらもチラ見した。本当にチラ見。あー、なんかあるなーくらいにしか思わなかった。そこには”おかめさんのなんか”があったのだ。
お正月の熊手から熊手の爪部分を無くしたようなかたちのなんか。扇子を丸く配置して、真ん中におかめさんのお顔を貼り付けた”なんか”。
ひとりでチラ見したときは、おかめさんの飾りかな? くらいにしか思わなかったそれは、関西の住宅にはわりとポピュラーな物なのだそう。新築の屋根裏にはそのおかめさんの付いた飾り(御幣というらしい)を置いて、その家の繁栄を願う慣わしが今も続いているのだとか。
関西の皆様、お宅におかめさんいらっしゃいますか?
また、こちらの境内には弓道場が併設されており、事前に申請を出すと師範付きで弓のご指導をいただけるらしい! 昨日の三十三間堂と同じく、県外の人間でも可能だそうだ。
そして国宝の本堂をおじいちゃんと外から見る。本堂の向かって右手側にはたくさんのおかめコレクションが収蔵されていて、霊宝館の拝観料を払えば誰でも気軽に見られるとのこと。
しかしおじいちゃんは、そのおかめコレクションのところの引戸を開けて、縁側に出ることを提案してくれた。縁側の奥まで行くと、そこにもまた、石造りの羅漢さまがいらっしゃるのだった。羅漢さま……だったよな(ちょっと記憶が曖昧)。
教えてもらわなければおそらくは気付かなかった。だって、引戸を開けて、外に出て良いのか思わず聞き返したくらいなんだから!
文化財、しかもここは本堂全体が国宝。勝手に手を掛けて良いという発想がすでに私の中にはなかったのである。教えてもらったからには是非とも拝見せねば!
霊宝館には入る? と聞かれたので、もちろんそれが目当てなんだ! と力強く頷いたものだから、霊宝館に入る前に、展示物に関する説明もすごく丁寧にしてくれた。
こちらの千本釈迦堂はガイドブックなどでも小さく載ってるくらいで境内に人はいなかった。けれど、本堂も仏像さまも結構すごいんだぞ!
こちらには六観音菩薩像の他に、十大弟子立像というのが収蔵されている。拝観料を払いながらその説明を聞くと、十大弟子立像とはお釈迦様の十人の弟子を模した十体の像で、ひとつだけ肌の色が違うのだという。少し青みがかっているその肌の仏像さまは、ひとりだけ出身地が違うのだそうだ。
また、その十人の弟子の中にはお釈迦様の実子もひとりいて、彼はお釈迦様が出家される前に生まれた子なのだという。
お釈迦様、子持ちか……。まあ、元は王子だもんな……、そりゃ一人くらいいるか。
おじいちゃんにお礼を言ってから、本堂の中へと向かう。鎌倉時代に建てられたこの本堂は、度重なる戦禍や大火をくぐり抜け、京都市内では唯一創建当時のまま残っているお堂である。派手さはないけれど、どっしりとした立派な本堂の中に入ると、まず驚いた。
柱や天井に、色や模様が残っている! これまでも京都だの奈良だのあっちだこっちだと色々寺社仏閣訪れたが、ここまできれいに残っているところは珍しい。
大抵は永い年月を経て退色してしまい、模様や赤い色などは特に失われてしまうが、ここのお堂は本当にきれいに残っている箇所がたくさんあった。どこもそうだが、創建当時はさぞかしきらびやかな内装だったのだろう。昔の色は原色ばかりだしね。
そして本堂の中を横切っておかめコレクションのエリアへ。
真正面にはどかーんとでっかいおかめさんの像。脇にはおかめの人形がこれでもかっ! と並べられている。ちょっと怖い。お人形が苦手な方はスルー推奨。
おじいちゃんに教えてもらった通り、そこにある引戸を開けて縁側に出る。引戸はもともと風が通るように少し開けてあった。古い建物ゆえに慎重に開けないと、戸を外してしまいそうで怖かったが無事縁側に出ることができた。
奥に進むと、石造りの羅漢さまが良く見える。本堂の影になるような場所に設置されているため、教えてもらわなければ目に留まることはないだろう。とはいえ、すぐそばまで行けるわけではないので、その場で背伸びしたり、しゃがんだりして観察する。傍目にみれば不審者みたいだが、誰もいないのでセーフ。
本堂を一通り観終えたら、次は霊宝殿へ。体育館のような建物の壁際に沿って仏像さまがたくさん置かれている。結構広いのだが、ここの仏像さまは大きいのが多い。むしろ狭く感じるくらいかもしれない。
一組だけご夫婦がいたので、逆回りでひとつひとつをじっくり観ていく。
ここの仏像さまは少し距離があるのと、ガラスの衝立越しに観るようになるので、私くらいの身長(160cmない)だとちょうどお顔のところに衝立が被る。薄暗いといっても照明の光が反射するので、ここでも伸びたり屈んだりしながら観ていく。
ガラス取っ払ってくれたら最高なんだけどなぁ……。イタズラとか、触ろうとしたやつがいたとか、まぁなんかあったんだろうなぁ……。
などと考えながらも仏像仏像♪
おじいちゃんに教えてもらった十大弟子立像で肌の色の違う仏像さま……あった! 舎利佛さま。
それからお釈迦様の息子さん……あった! |羅ゴ羅さま。(らごらのごは目へんに侯)
そしてもうひとつ、優婆離さま。
優婆離さまもおじいちゃんから教えてもらったのだが、この仏さま、お釈迦様の美容師さんだそうです。お釈迦様の髪を整えていたお弟子さん。
境内に理容師の協会から、十大弟子立像の優婆離さまが理容遺産に認定された石碑があります。これも教えてもらってなかったらスルーしてた。石碑に気付いて読んだところで「なんで?」となるだけだもの。
おじいちゃんに出会えて本当にラッキーだった。まさに一期一会。
それにしてもこの十大弟子立像、どれもこれも本堂と同じで色や模様がとてもきれいに残っている。それもちょこっと、ではなく、結構残っている。なんなら周りをぐるぐる回ってじっくり見たいくらい、色彩豊か。かといって修復されている感じでもなかったので、当時の色なのだと思う。
もともと安置されていた場所が良かったのか、保存状況が良かったのか。とても大切にされてきたのだろうな、と言うのが第一の感想だった。
文化財の保護って難しい。私は大学生の時に博物館にちょこっと研修行っただけだけど、がさつな私には無理だと思ったくらい本当に神経磨り減らすような作業ばかりなんですよね。
照明や日差しがありすぎると色褪せや退色に繋がるし、気温や湿度が狂うと虫がわいたりカビが生えてしまう。文化財はひとつひとつ置かれていた環境が違うわけだから、そのコントロールも難しいと思う。
美しい状態で展示してもらえるのって、本当にありがたいことなのだ。だからお寺や神社、博物館などの展示に薄暗くて良く見えないとか言わないでおくれ……。
十大弟子立像を一通り堪能したあとは、六観音像を観ていく。お顔がとても美しい。こちらは十大弟子立像よりも大型で、お顔を観るにはこちらが顔を上げなければならないのだが、観音様と目が合うと、その瞳が潤んで見える。水晶などが嵌め込まれているのだろうが、ひとつ、涙を溢しているのだろうかと錯覚する観音様があった。
今にもこぼれ落ちてしまいそうな、観音様の涙。悲しいのか、それとも嬉しいのか。
その涙を受け止めることはできないが、それを観てまた涙ぐむ私。涙腺壊れました。絶対にまた会いに来ます。そう思わずにはいられない。
霊宝殿を出ると、いよいよ雲行きが怪しくなってきた。まだここから歩かないといけないのだが、さてどうしよう……。
でもどうせ今日帰るんだし、傘も持ってるしと開き直り、先ほど拝観料を払った受付で御朱印をいただくことにした。
あれ、受付のおじさんがいない。何回か呼んでみると、のんびりのんびりおじさんが出てくる。御朱印をお願いして書いていただいてたら、さっきのおじいちゃんが別のお客さんを案内してきた。
おじいちゃんが受付のおじさんに「この人(連れてきたお客さん)とこの人(私)に菩提樹の種あげて」と言うと、受付のおじさんが良く乾燥させた葉っぱの付いた菩提樹の種を分けてくれた。菩提樹の木の下でお釈迦様が悟りを開いたことから、お寺には菩提樹が植わってることが多いのだそう。
その種をいただいてしまった!
嬉しかった。なんだかもう、人との出会いが嬉しい。これだけで、ひとりで旅に出て良かったと思えるくらいに。
菩提樹の種を潰さないようにして御朱印を待っていると、ふいに受付のおじさんが御朱印を書きながら「次はどこへ行くの?」と聞いてきた。私が北野天満宮から広隆寺、嵐山の清涼寺まで行く予定だと伝えると、広隆寺好きなのかと驚かれた。
広隆寺は京都に来たら必ず寄って弥勒菩薩さまを観ると言う話をすると、なんとおじさんも弥勒菩薩さまに魅せられ、京都に移住した一人なのだと言うではないか!
まあーここから盛り上がる盛り上がる。多分30分ほどおじさんと広隆寺と弥勒菩薩さまについてのお話をしていた。立ち去るのが惜しいくらいに。
雨が降りそうなどというのは頭のどこかに追いやられてしまった。その間にも、空の色は変化していたのだろう。
次の入館者さんが拝観料を払うタイミングでおじさんとおじいちゃんとお別れして、次は北野天満宮へと足を向けた。
黒かった雲が、少し白くなっていた。