Dream2.奔放王子と生意気従者
確かに私は夢見が良かった。
内容を覚えているいないはともかく、毎晩何かしら夢を見ていた気がする。
夢は深層心理の現れだとか、眠りの浅い証拠だとか言われるけれど、それでも何も見ないと言うのはつまらない。
周りの友人知人たちは、夢など見ても悪夢ばかりでウンザリだ、と言っていたけれど。
私は逆で、例え悪夢でも最終的にはムフフな展開が待っていたりして、何度も現実に戻るのが遅れたりした。
――夢のなかにいた方が何かと楽しかったから。
学生生活や友人たちに不満があったとか、そういう事ではないけれど、現実はどこか殺伐としていて気が抜けない。
友人と食事していても、ショッピングを楽しんでいても、常に武装して周囲を警戒しなければならない世の中だから。
こっちが現実なら良かったのに。
朝、目が覚めては何度もそう思った。
夢の名残に包まれながら。
★✶★★★✶★✶✶★
「……」
「……」
「……い」
「……おい!」
「おいってばよ! ……起きろコラッ!」
怒号と共に地面が揺れ、その衝撃と反動で私は飛び起きた。
「ひえ! また遅刻しちゃう!」
布団の端を左手で握り締めたまま、右手は枕元にあるはずの目覚まし時計を探す。だけどそこには時計などない。
あれ、おかしいな。
不思議に思って改めて布団に目を落とすと、それは布団ではなくシルクのような手触りの布だった。
ところどころ薄汚れてはいたが、全体的に銀糸の細かな刺繍が施されていて、目を惹き付けられる。
なんだかコレ高そう……。
思わず手で撫でたり、まじまじと見入ってみたりしていたその時。
「おいコラ、シカトすんなカス」
危なく自分の世界に入りかけていた私に、冷ややかな声が飛んだ。
「うおっ! アンタ誰!」
まったく気付かなかったけれど、傍らに男の子が一人、立っていた。
客観的に見れば男の子は本来“可愛い”が少し入ったカッコいい系……なんだろうけど。
今は何より不機嫌丸出しで顔が怖い。
しかも初対面の人間、さらに年頃の女の子に向かってカスって何よ。
よって私の男の子に対する第一印象は”最悪”の二文字で決定した。
――が。
「なにジロジロ見てんだよ、如月綺羅」
お爺ちゃん――もとい、神様の時と同じで、いきなり名前を呼ばれて反論も忘れて呆気に取られてしまう。
「え? なんで……」
「神の爺さんに教えられた。アンタが如月綺羅だろ?」
男の子はそう言いながら懐をごそごそ探ると、一枚の紙切れを投げて寄越した。
「神からもらった。どう見てもアンタだろ?」
そして意地悪な笑みを浮かべる。
なによ、感じワル。
小さく口を尖らせたまま、渡された紙切れを開き見ると、そこには墨と筆で描かれた恐らく私だと思われる似顔絵と、やたら達筆な如月綺羅の文字。
お爺ちゃんてば用意周到……てかアタシこんなにブサイクか!
軽くショックで手が細かく震えた。
今すぐ破り去りたい衝動に駆られたが、なんとか自分を抑えつつ、無器用な笑顔を作る。
「じゃあお爺ちゃんが言ってた人ってアナタの事ですか? アタシを待ってる人が二人いるって」
「ああ、そうなんじゃねぇの? 俺はオマケみたいなモンだろうけど」
「オマケ? う~ん……なんかまだよく分かんないけど、ここは夢世界ってとこなの?」
「神の話だとそういう事になってるらしいな。――アンタの世界では」
アタシの世界……か。
突然異世界に飛ばされたと言うのに、私はやたら落ち着いていた。
神様の前ではあんなに取り乱したにもかかわらず。
なぜだか見知らぬ世界に来た、という実感が無いのだ。
さっきから窓の外に映る景色にしても、向かい合っている男の子の身なりにしても、明らかに私がついさっきまで居たであろう世界のそれとは全く異なる。
さすがは夢の世界と言ったらいいのだろうか。
白馬に乗った白タイツの王子様が偶然通りかかったとしても、きっと違和感など感じないだろう。
そんな世界だ、ここは。
「とりあえず、詳しい話はあの方のが知ってるだろうから」
男の子が指で示した窓の方に視線を移すと、一人の青年が、自身が乗ってきた白銀の馬を適当な木に繋いでいるのが見えた。
青年は繋ぎ終えると馬の鼻先を一撫でし、それからくるりとこちらに身を向け、なにやら窓の鍵部分をしきりに指し示した。
それを見た男の子がやれやれといった様子で鍵を開ける。
「サンキュー、セシルド」
青年は男の子に向かってニッと笑うと、窓をひらりと乗り越え、室内に入って来た。
男の子はその様子を、またか、とでも言いたそうな顔で眺めている。
「クライス様……横着するのはお止め下さい。入り口はすぐそこに……」
「まあそう堅い事言うな。長い足を有効活用しただけさ」
男の子の言葉を遮るように青年は笑うと、真っ直ぐ私の元までやってきた。
「どこか痛いとことかないか? キラ」
青年は私の身体に一通り目を走らせた後、私を気遣う言葉と共に優しい笑顔を見せた。
一瞬遅れて私は頭を横に振る。
「なら良かった」
青年はそう言うと、私の頭を軽く撫でた。
――なんだ?
調子狂うじゃん……。
「俺はクライス。こっちは俺の従者でセシルドだ。とりあえずよろしくな」
青年は名乗ると同時に、親指で男の子の方を指し示す。
クライスにセシルドか。
と思ったところで今更ベッドに腰かけたままだった事に気が付いて、私は慌てて立ち上がると二人に軽く頭を下げた。
「あ……如月綺羅です。キラでいいです……けど……」
「ん?」
「従者……って?」
あまり聞き慣れない単語に私はセシルドの方をチラリと一瞥した。
するとそれに気付いた青年、クライスが浅く頷く。
「ああ、セシルドは俺の家来なんだ」
は?
「家来? って召し使いとかの仲間?」
とっさに“家来=お金持ち”の図式が頭に浮かぶ辺り、自分の卑しさが露呈してるようで少し嫌だ。
そんな私に構わず、今度は男の子、セシルドが口を開く。
「まあそうだけど。仮にも一国の王子が一人でフラフラあっちこっち放浪されたら困るんでね。俺はそのお守りって事」
セシルドはそう言うと、悪戯に細めた瞳をクライスに向けた。
一方のクライスは返す言葉を探っているのか、微妙な笑顔でセシルドを睨み付けている。
その様はまるで主従関係と言うよりも、兄弟のようだ。
「なんだかよく分かんないけど仲良いね」
気付くと自然に笑いが溢れていた。
――初対面の人間は全て警戒の対象としていたのに。
クスクス笑う私を見て、クライスとセシルドが同時に溜め息を吐く。
「十六のガキにお守りされてるなんて冗談じゃないぜ」
なんてクライスがぼやくと、
「身分ある二十三の王子が放浪に明け暮れるなんて、付いてくこっちの身にもなって下さい」
とセシルドも負けてない。
家来のくせにたいそうな口を利くセシルドが生意気なのか、それともクライスが懐深い男なのか。
一概には分からない不思議な二人組が、どうやらこの世界での私の連れとなるようだ。
外見だけならどちらも申し分ない故、私の心は否応にも高鳴る。
だってこんなチャンス滅多にないじゃん。
「ねえ、これからどうすればいいの?」
この世界に飛ばされたはいいが、実際何をしたらいいのかとか、神様は曖昧にしか教えてくれなかった。
次の行動を決めようにも私はこの世界の事を知らなすぎる。
その点はクライスとセシルドに期待するしかないのだが……。
「「知らん」」
二人の返答が見事にハモった瞬間、私は留年を覚悟した。
――最初から前途多難だ。