Dream3.ラルファール
兎にも角にも、行動を起こすにはこの世界に対するある程度の知識が必要だろうということで、どっぷり日が暮れるまでクライス先生による歴史と社会の講義を受けた。
背後にはセシルド。
欠伸ひとつしようものなら容赦無い毒舌が浴びせられる。
夢の世界に来てまで授業ですか……。
あ、違う違う。
夢の世界じゃなくて、この世界にはラルファールというちゃんとした名称があったのです。
私たちの世界を地球世界とか言うのと同じ感覚かな。
ラルファールには四つの国が存在し、それぞれの国に神様の力を与えられた賢者と魔術師が一人ずつ住み、人々の暮らしを見守っていると言う。
クライスはその中の一つ、西の国の第三王子。セシルドはその家来。
そして“夢魔”と言うのを知っているだろうか?
私たちの夢に現れて悪夢を見せるといわれる悪魔の事だ。
このラルファールに於いても夢魔は隠の生き物、つまりは怪物や悪魔などの闇部分に属する者として存在しているが、一切の行動を四人の魔術師によって監視・制限されていて、人前に姿を現すことはほぼ無い。
その束縛を逃れられるのは、魔術師から人間に悪夢を見せるという仕事を与えられた場合のみと徹底されている。
にもかかわらず、昨今夢魔と思しき生物を見掛けたという報告が後を絶たず、同じく神様であるお爺ちゃんからの依頼を受けて対応に追われるクライスたちの頭を悩ませているのだとか。
「姿を現した事ないのになんでそれが夢魔だって分かるの? みんな見たことないんでしょ?」
集中力が低下し重くなってきた瞼を擦りつつ、私は疑問を投げ掛けた。
いつの間にか隣に腰かけていたセシルドは、大きな欠伸を何度も噛み潰していたが、ふいにこちらに顔を向けると溜め息をひとつ吐く。
「お前理解力死んでんな。姿をまったく現さないとは言ってねぇだろ」
そしてクッと笑った。
最初から思ってたけど、本当に口悪いなコイツ!
かくいう私も人の事言えたものではないが。
セシルドは組んだ腕を一旦ほどくと、片方の人差し指を立てて私の前に突き出した。
「夢魔ってのはな、一年に一度だけ、姿を現す日があるんだぜ」
「一年に……一度だけ?」
――そう、一年に一度だけ、魔術師が夢魔を人間世界へ向けて解き放つ日があるのだった。
その日に限り、ラルファール全土で夢魔が見られると言う。
黒い妖精のようであって女性的風貌の夢魔。
その日、最初で最後の寄り道といわんばかりにラルファールに暮らす人々の心の隙間に入り込み、覚めぬ悪夢に引きずり込んで悪さをするらしい。
と言っても一日経てば悪夢から解放されるそうだが。
「夢魔が解き放たれる日は“悪魔の日”と呼ばれてるんだが、今年はまだまだ先なんだよな。にもかかわらず各地で目撃されてるとなると、やっぱり異常としか思えんな」
顎に手をやりなから、クライスはむう、と唸った。
セシルドも静かに頷いている。
それに比べて私はやや気の抜けた反応で済ませた。
眠気に支配されだした脳みそじゃ、フル回転させても大して理解できないのかも。
「ともかく夢魔の管轄は四人の魔術師だ。まずは一番近い東の魔術師をあたってみるか」