Dream4.その名で呼んだらブッ飛ばす
かくして最初の目的地は決まったワケだが、同時に私はぐうぐうといびきをかいていた。
しかも夢の世界にいるというのに、ご丁寧にもまた夢を見ていた。
そして朝。
いつもの如くでなかなか起きない私は、セシルドの怒声で目を覚ます。
すでにクライスもセシルドも出立の準備を整えていた。
昨日私にかけられていた銀糸の刺繍の布はクライスのマントだったようだ。
クライスが動く度に、 やや遅れてふわりと揺れる。
「はれ……?」
無意識によだれを拭いながら脳の覚醒を待つ私に、クライスとセシルドが次から次へと急かす。
「あれ? ……じゃねぇ! さっさと支度しろカス!」
「早くしないと今日は野宿になるぞキラ」
「あわわわわ」
二人があまりにも急かすものだから、半分パニックになりながら慌てて身支度を整える。
少し長めの髪はあっちこっちはねたままだけど後でまとめればいいや。
ところで……。
「ここって武器持つの普通?」
鞄に入れておいたはずの愛用の短剣がスカートのポケットから無機質な音を伴って落ちたのを拾いながら聞くと、それを見た二人の表情が固まった。
「キラ……これ……」
クライスの整った顔がひきつっている。
「? アタシのだよ?」
二人の反応を不思議に思いながらも、愛用の短剣を手慣れた手付きで鞘から抜いてみせた。
ああ、いつみてもかっこいい私のダガー。
「ほら、いいでしょこのデザイン! 気に入ってるんだ」
喜々として短剣を眺める私を見つめる二人の視線が冷たい。
「まあいいけど……」
セシルドはそう言うと、馬の準備をすると言って一人先に部屋から出て行った。
なんか反応おかしくない? やっぱこれ持ってるとアウト?
私が小首を傾げていると、クライスが手荷物から何かを探り、私に手渡した。
「それ、しまっとけ。あんま人には見せるな」
ただそれだけを伝えて、彼もまた屋外へと踵を返す。
その後ろ姿を見送ったあと、室内には疑問でいっぱいの私一人が取り残された。
「???」
二人とも、短剣を見せた途端によそよそしすぎやしませんか?
そんな俯に落ちない思いを抱えつつ、私はクライスから渡された革の巾着袋に短剣を入れ、スカートのベルトにくくり付けた。
そして忘れ物をしていないか確認した後、二人の後を追って宿を飛び出す。
外ではすでに、クライスは白銀の、セシルドは黒毛の馬にそれぞれ跨った状態で待っていた。
セシルドの馬にはいくつか荷物と物資がくくり付けられている。
馬をこんな近くで見たの初めてかも。どちらもつぶらな瞳が愛らしい。
などと思っていたらクライスが手招きをしたので、私は白銀の馬の方に歩を寄せた。
「乗れ」
クライスは自身の鞍を指差して短くそう言った。
いやアタシ馬なんて乗れないし。
なんて言い方はしなかったが、馬に乗った経験など無いことを説明し、クライスに手伝ってもらって何とか馬上の人となる。
初めてで若干の怖さはあったものの、視界が高くなったせいか見渡せる範囲も広まって意外と気持ちが良い。
だが!
ちょっとコレは距離近すぎやしませんか!
分かってはいたけれど、今までこんな経験など無かった私には刺激が強すぎる。
だってこれじゃまるでクライスに後ろから抱っこされてるのと同じだ。
クライスは若干細身といえども長身。私は恐らく平均よりは小さい方の分類。
完全にクライスの腕の中に収まってしまうサイズだ。
――アタシ……ヤバイ。
ドキドキする、なんてナマッちょろいモンじゃない。一鼓動ごとに口から心臓が出てきそうだ。
一生懸命平静を装うとしているのに空気はうまく吸えないし、顔がカーッと赤くなるのが鏡を見なくても分かる。
生まれてこの方十七年。
未だかつてこんな展開が私に訪れるなんて誰が想像しただろうか。いや、誰も想像すらしてなかっただろう。
現実世界じゃ全くと言って良いほど、男子と良い感じの接点なんか無かったんだから!
あったのは、殴る蹴る、の暴行沙汰ばかり。我ながら色気も何もあったもんじゃない。
それなのに、それなのにー!
ひたすらそんな事を思っていたら、たまたま目があったセシルドが口パクで何か言っている。
なんだ?
なに言ってるんだろ。
「…………」
んん?
「き……」
き?
「き・ん・ぎょ」
刹那、ニヤリと笑うセシルドから私は思いっきり顔を背けた。
今度は違う意味で顔がカッとなる。
それからしばらくは、なるべくクライスに密着しないように背を浮かせたり、身体を細めてみたりしたが、その度にセシルドが小さく笑っていた。
アイツいつか絶対泣かす!
身も心も十分に物騒な私は、束の間の乙女モードから完全な戦闘モードへと切り替わっていた。
ホントにムカつくんだからーーッ!