【残042話】聖なる血の裁き(8)

 ワンドの先から白い閃光を何度も何度も放つと、それは瞬く間に大きく炸裂した。神聖魔法の中でも一番威力の弱い魔法ではあったが、それでもただのハイブリッドが相手ならば十分すぎるほどの威力を発揮した。その証拠に、閃光の走った後には無数の灰の山が積み重なっている。わずかな風にもそれは舞い上がり、その度にむせかえる。

 先ほどに比べればだいぶ数は減ったようにも思えたが、それでもまだ、エルフェリスらと向かい合う男たちの姿は多い。

 減ったと思えばいつの間にか数を増やし、また減ったかと思えば……その繰り返しだ。どいつもこいつも同じ方向からやって来るようだったが、あの先にアジトでもあるのだろうかとエルフェリスは苛立つ頭で勘ぐっていた。

 たかだか自分とリーディアの二人を葬る為だけに、こんなに大量のハイブリッドが一同に会していたとはにわかに思い難いが、この状況を考えるとあり得ない話でもあるまい。

「ねえ……リーディア」

 切れ切れになる息を整えながら、エルフェリスは少し前でサーベルを構えるリーディアに声を掛けた。

「……なんですの?」

 振り返らないまま答えるリーディアも、先ほどに比べて肩の上下が激しくなっている。額から顎にかけて流れ落ちる汗を拭い去る回数も頻繁に見られるようになっていた。かなりの体力を消耗してしまっているようだ。振り返る余裕すら、今の彼女には無いのかもしれない。

 それでも、エルフェリスは構わず話を進める。

「あのさ……リーディア。このままじゃ私たち根負けするよ……。それよりも……元凶を探ってみない?」
「……元凶……ですか?」

 そこで初めてリーディアはエルフェリスを振り返って怪訝けげんな顔をして見せた。言っている意味が分からないのだろう。

 まあ、これだけ言葉少なな問題提起ではそれも仕方のないことだ。焦る余り趣旨しゅしを要約しすぎてしまったことに、エルフェリスは少しばかり反省し苦笑した。

「こんなに大人数が控えてるなんて……それも絶えず増えていくなんておかしいと思わない?」

 相手には聞こえないようになるべく声を潜めてそう言うと、リーディアは何かを思案しながら、懲りずに斬り掛かって来る男に向かって十字にサーベルを振るった。新たな灰の山がまた彼女の前に積み上がる。

 それを冷たい眼差しで見つめながら、乱れた髪を適当に払い除けるリーディアであったが、次の瞬間エルフェリスに向けたのは、いつもの柔らかさを含んだ微笑であった。

「私も……同じことを思ってましたの。ちょうど体力もそろそろ限界ですし……こんなに次から次へと来られては、やはり私アンデッドではないかと疑いたくなっています。……それにほら、ご覧になって?」

 リーディアはそう言うと、黒く揺らめく泉の水面をサーベルの先で指し示した。それに合わせてエルフェリスもそちらへ目を移す。エルフェリスとリーディアが突き落とされた以外には……特に変わった様子もなさそうだったが、リーディアは眉間に皺を寄せてじっと水面を見つめていた。

「影ですわ」
「……影?」
「ほら、水際に立っている男たちの姿は確かに水面に映っているでしょう? でも……」

 そこまで言うとリーディアは一度言葉を切って、迫り来る新たな男に狙いを定めた。

 そして叫ぶ。

「影をご覧下さい!」

 思いっきり後方に引いたサーベルを勢いよく繰り出し、リーディアは気合の声を上げると男の心臓を躊躇ためらうことなく刺し抜いた。貫かれた心臓から真っ赤な血を噴き出して、ハイブリッドの男がリーディアの前で絶命する。だが灰と化すまで待てないというように、リーディアはぐらりと傾く男の身体に蹴りを入れながら、サーベルを素早く引き抜いた。

 そしてすぐさまあの魔法のボウガンを利き手に装着すると、何を思ったか天に向けて魔法の矢を何発か射る。空高く打ち上げられた矢はしばらくすると、暗い暗い夜空を照らすようにボンッと破裂音を伴って何度か弾けた。

 ほんのわずかな間だけであったが、辺りの景色に光が差す。

「……あッ」

 影……影……、と心の中で繰り返しながら、エルフェリスは瞬きもせずに男たちの足元を注視していた。そして魔法の光が降り注いだ時も。

「どういうこと?」

 そこにあるはずの黒い影が、―—ほとんど見当たらなかった。男たちの影だけが見当たらない。

 エルフェリスとリーディアはもちろんのこと、周囲に生い茂る木々や水面に漂う落ち葉に至るまで、突然の光を受けて一瞬の影を生じさせたというのに、後を絶たないハイブリッドの男たちには、まったくと言って良いほど影を引きずる者はいなかった。

「姿映れど影はぬ……アンデッドですわ!」

 赤い瞳を鋭く細めたリーディアの額から、一筋の汗が零れ落ちた。

 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝

 激しくり合う喧騒けんそうが、絶えることなく耳を突いていた。

 オレンジの光はいまだに空を染めては消えていく。それに混じって今し方、上空で白い閃光がいくつか弾けたのをデューンヴァイスは足を止めて見上げていた。

「ハンターか……それともハイブリッドの内輪揉うちわもめか……。さてどっちだ?」

 背丈ほどもありそうな大剣を片手に持ったまま、周囲をぐるりと見回してデューンヴァイスは人知れずにやりと笑った。

 闘将たる者の本能か……耳をつんざく喧騒に、しばらく眠っていた血が騒いで仕方ない。

「さーて、どっちに行くか」

 城を飛び出してから真っ直ぐに泉の方を目指して走って来たものの、ここへ来る途中で少し気が変わった。

 今、彼の中にある選択肢は二つ。このまま泉へ急ぐか、それとも……。

 そう思いながら巡らせた視線の先は、泉を通り越したさらにその奥。争いは恐らく泉付近で起こっているのだろうが、近付けば近付くほどにひしひしと感じるこの不穏な空気は、泉のさらに奥から発せられているような気がしてならなかった。

「目先の小競り合いより、その後ろの大ボスを叩くのが先決か」

 独り言のように呟いて、再び大剣をさやごと担ぎ直したのを合図として、暗闇の中、セピアゴールドの瞳に光が宿る。

 その瞬間、デューンヴァイスは力強く大地を蹴ると、疾風のごとく夜の闇の中を駆け抜けていった。

 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝

「強行突破」

 エルフェリスとリーディアの意見はすぐに同時に一致した。

 いかにこのハイブリッドを装ったアンデッドの群れを切り抜けるか。そこを第一関門として対策を考えようとお互いの意見を出し合ったところ、見事に意見が合致した。

「このまま全部を相手にしてたってこっちがやられちゃうもんね! やっぱ走るしかない」
「そうですわね。この状況ではそれが一番ですわ」

 エルフェリスもリーディアも、もはや限界近かった。

 荒く浅い息はなかなか整うことがなく、ずぶ濡れになった身体は動きを止めればすぐに冷えてしまう。今はまだ動いているから何とかなっているものの、少しでも気を抜けば倒れてしまいそうなほど、足も身体も悲鳴を上げていた。

 加えてエルフェリスは水中吸血花にやられて以降貧血に悩まされ、一時よりは回復したといっても、なおも回り続ける視界にはいい加減音を上げてしまいそうだった。

 それでもこうして戦い続けているのは生きる為だ。自分に負けて地に倒れればそこで命は尽きる。

 誰の仕掛けた罠だったのかも知らぬままに敗北するのでは、あまりにも悔しくあまりにも腹立たしい。黒幕の尻尾をつかんで落とし前を付けるまでは意地でも倒れるわけにはいかないと、エルフェリスはふらつく足にしっかりと力を込めた。

「それにしても……随分手の込んだ嫌がらせでしたわね。女の嫉妬とはまこと……恐ろしいですわ」

 あえて言葉を濁して厳しい笑顔を浮かべるリーディアに、エルフェリスも思わず苦笑した。

 今夜のこの“宴”に、ドールであるカルディナが関与している事はすでに露見ろけんしているが、果たしてどのようにどこまで関わっているのか、それが核心となる。

「アンデッドの禁術はカルディナごとき女にできる芸当ではございません。気を引き締めて参りましょう」

 リーディアのその言葉を合図に、二人は顔を見合わせ頷くと、ハイブリッドたちの群がる中へと突っ込んで行った。通り抜けの妨げになる者のみを斬り払い、魔法で一掃いっそうする。

 そうして駆け抜けた先に何が待っていようとも、答えを見つけ出すまでは止まれない。

 夜明けはまだ……遠い。

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