Dream23.拒む愛妻3
「変な……天気。リュイ達の方は大丈夫かなぁ」
ふとあの場に置いてきた二人の事が気になった。
夫婦とはいえ、ミルさんは今夢魔に魅せられている。
もしあの二人の方に夢魔が現れたら?
ヒーラーのリュイ一人で太刀打ちできるのだろうかと、早鐘のように打ち付ける心臓が警鐘を鳴らす。
「お前、どっかにリュイ置いてきたのか?」
一変して厳しい顔付きのセシルドが私にそう尋ねる。
「うん……ミルさんには会えたんだけど……、てかアンタどっから着いて来てたのよ」
「俺が来た時はもうお前一人だったな」
「てことはリュイと別れた後だ……! なんか分からないんだけどミルさんがこの世界から戻りたくないって言い張っててね。リュイが一生懸命説得したんだけど全然ダメで……」
「んで夢魔探し?」
セシルドの問い掛けに、私はコクリと頷いた。
ミルさんの言葉には絶対何か意味があるのだと思う。
その“意味”を夢魔は必ず知っているはずだ。
「絶対とっ捕まえて聞き出してやるんだから!」
両腰に手を当て、鼻からふんと息を吐く。
一方のセシルドは顎に手をかけると、「なるほどねぇ」と呟き、その後しばらく沈黙してしまった。
「なんかまずかった?」
恐る恐るそう聞くと、セシルドは私の目をジッと見つめて、それから小さく頷いた。
「夢魔の領域で二手に分かれるのはさすがにマズいだろ! おまけに魅了されてる人間を前にして……」
はぁと盛大な溜め息を吐いて、セシルドは呆れ顔のままうなだれた。
「やっぱり……ヤバかった?」
「当たり前だろ。浅はか過ぎるんだよ」
「ごめん……」
セシルドに咎められるほどに、視線も声色も下がっていく。そして更なる不安に飲み込まれそうになる。
リュイとミルさんの安否が気になってしまって……。
視線は定まることなくゆらゆら揺れる。
「とにかくお前はここにいろ。オレが二人を連れてくるから!」
セシルドはそう言うや否や、魔具のロングソードを地面に突き刺し、それから私に柄を握るよう指示した。
訳も分からず言われるままにロングソードに手を伸ばす。
「いいか、オレが戻るまで放すなよ」
セシルドはそう念押しすると、それから私のもう片方の手を取り、――握り締めた。
「なななななにッ」
いきなり手を握られて、私は一層動揺する。
けれどセシルドは真剣な眼差しのまま、シッと人差し指を唇に当て言うと、ゆっくり目を閉じ、そのまましばらく動かなくなった。
――手が、心臓になったみたい。
鼓動が伝わってしまうのではとオロオロしてしまう。
ムダに何度もセシルドの方を盗み見てみたり、落ち着かない。
「……せ……セシルド?」
声まで裏返ってしまったじゃないか。
それでも無言で私の手を握り続けるセシルド。
お願いだから何か言ってよ……気まずいじゃん……。
自分一人ドギマギしてるようで何だか悔しい。
けれどそんな私をさらに混乱させるように、ゆっくり目を開けたセシルドが、初めて私の名を呼んだ。
「――キラ」
って。
そして一層強く握り締められると、繋がった手のひらがビリッと痛んだ。
「いだっ!」
電気のような衝撃に思わず小さな悲鳴を上げる。
するとセシルドはようやく私の手を解放し、こう言った。
「よし、完璧! じゃ行ってくるからお前絶対ここから動くなよ!」
「へ?」
いろいろ訳が分からず間抜けな返答をする私に、セシルドはなおも続ける。
「それ離したらオレここに戻るのにめっちゃ時間かかるからな! 絶対放すなよ!」
「え? え?」
「だーかーら、お前がそれ離したら、インプットした位置情報が全部リセットされちまうから離すなよっつってんの」
大混乱する私を置き去りにして行こうとするセシルドと、手離すに手離せないロングソードを交互に見ながら、いまいち意味を理解できない私。
えーとえーとえーと?
「け……剣を離さなければいいの?」
「うん」
「む……夢魔が来たら?」
「そのまま耐えろ。もしくはそのまま戦え」
「ええッ」
ちょっとそれは無理なんじゃないの?
口をパクパクさせて絶句していると、セシルドは私の顔を覗き込んでニヤリと笑った。
「リュイの居場所は分かってるから大丈夫。夢魔が現れるよりも早く帰ってくるし? ……お前がそれ離さなければの話しだけど。分かったか?」
あんまり信用できないけれど、ここは頷くしかないのだろう。
いまいち理解しきれない私に痺れを切らしたのか、セシルドの顔怖いし。
「わ……わかった! 頑張る! だから早く行ってきて!」
片手には固定されたロングソード、そしてもう片手に短剣を握り締め、万が一の時に備えて応戦の準備も整えると、私は逆にセシルドを急かした。
覚悟決めたんだから、さっさと終わらせて自由になりたい。
ロングソードを地に差したまま戦うなんて器用な事する自信もない。
「早く! 早く!」
「よし、じゃあ行ってくる。早ければほんの数分だ、我慢しろよ」
「わかった!」
私の返事を聞くか聞かぬか、セシルドはふっと姿を消した。