Dream31.セルフ封印を編み出した!2
「え、ちょっと待って、ホントに良いの?」
封印か消滅かを迫っている側にもかかわらず、夢魔の真意が掴めなくて動揺してしまう。
けれど夢魔は、もう迷いのない瞳で私を見上げた。
「良いんです。自分で分からないうちに誰かを悪夢に陥れるのは嫌。私にだってプライドはあります。封印された後にどうなるかなんて分からないけれど……他の夢魔みたいになるくらいなら……自分でいられるなら……封印された方がマシだわ」
そうしてにっこり微笑む夢魔の瞳から、涙が一粒、こぼれて落ちた。
「ほんとに……良いんですね?」
その涙の軌跡を視線で追いかけた後にリュイが尋ねると、夢魔はもう一度大きく頷いた。
「お願いします。必ず私の仲間たちを、救ってください。必ずよ!」
「分かりました……。ではキラ、封印を」
伏せたリュイの睫毛が大きく上を向くのを追い掛けて、私も覚悟を決める。
「分かった。……でもどうやって?」
「「え……?」」
私の声に、リュイとセシルド、それに夢魔の声も重なる。
「だって刺すのは嫌だよ! それにこの前は短剣で亜空間を破壊したのがきっかけだったんでしょ? アタシその後どうやったか具体的に覚えてないもん! どうすれば良いの?」
忙しく身振り手振りを交えて説明すると、リュイもセシルドも顔を見合せ黙り込んでしまった。
「私は……その場にいませんでしたからね……」
困り果てた顔をしてリュイがセシルドの方を見やると、セシルドはセシルドで慌てて首を振る。
「あン時は金魚の短剣が亜空間を破壊する直前に、俺のロングソードがサキュバスを刺し貫いてたから……、……刺してみるか?」
「イヤーーッ!」
物騒なセシルドの発言に、夢魔の悲鳴が重なる。
「痛いのは嫌ですーーっ!!」
「んなこと言ったって他に思い当たらないからよ……」
「嫌ですぅ!! 何とかしてください!」
「大丈夫。きっと一瞬だ! ……多分」
「絶対うそーーッ!!」
セシルドの提案に怯えた夢魔が、慌てて私にしがみつく。
そりゃそうだ。刺されるなんて分かれば私だって逃げるわ。
「アンタもうちょっとまともな方法思い付かないの?」
「だってしょーがねーだろ。ほんとの話なんだからよ」
「もういい! アタシが考える!」
セシルドの話の通りにしてしまったら、せっかく封印される気になった夢魔も気が変わるわ。
ふん、と鼻から息を追い出して、それから顔中の筋肉を中心に集めるようにして考え込む。
サキュバスの時は、私の短剣が亜空間を破壊した。そしてそれとほぼ同時にセシルドのロングソードがサキュバスを貫いている。
そうしたら黒いオーラがそこから噴き出してサキュバスを包み込んだまま黒い珠に変化したんだっけ。
それから……さっき二重人格の夢魔(おっさんの方)を封印した時は、この空間がちょっと不安定になった途端に夢魔から黒いオーラが噴き出して、それに呼応するように光輝いた短剣が夢魔の体を拘束、そしてその体に刀身を突き立てたら封印できた、と。
空間と、刀身。
黒いオーラと、輝く短剣。
「亜空間を、破壊する……夢魔を封印する……」
考えながら、独りごちる。
そして私はふと片手に握られたままの短剣に目を落とした。
突き立てた、刀身……。
「あれ?」
そこで私はひとり首を傾げる。
「ちょっとごめん」
「え? きゃーー!」
そして短く断りを入れると、おっさん夢魔の封印時に短剣で刺した箇所を再確認しようと、私は夢魔の服の中にずぼっと手を入れた。
「なななな何を……っ」
「ちょっとだけ確認させて」
顔を真っ赤に染めながら抗議の声を上げる夢魔にもお構いなしに、ずいずいと手を動かす私。
「うわわわ、キラさん! そういう行動に出る時は先に言ってください!」
リュイとセシルドも不自然に顔を逸らしながら私に背を向ける。
けれどその苦情もよそに目的の場所を探り当てると、その感触に私はまた反対側に首を傾げた。
「やっぱり何もないよ」
「何がです?」
「傷! さっきおっさん夢魔刺した時の傷が無いの!」
「え? そんなはずは……」
「でも、無いよ?」
そう言ってまたわさわさ手を動かすと、たまらず夢魔から悲鳴が上がる。
「せく…セクハラはやめてくださいいいーーッ!」
「あ、ごめんごめん」
そこで私はようやく夢魔の服の中から手を引き抜いた。それと同時に夢魔の口許からは安堵の溜め息が漏れ落ちる。
「は、早く封印してください! 脅かされたりセクハラされたりもう嫌ですぅ!」
「そんなこと言ったって……」
散々な目に遭わされてるのはこちらも一緒なんだけど!
そう思いながらも確かにこの夢魔を封印しないことには外に出られない。
「んじゃー……んじゃー……」
封印方法も分からないなら考えてもムダだし、もうヤケクソだ。
私は持っていた短剣を無造作に地面に突き刺すと、夢魔の拘束を解いて、そして言った。
「とりあえずその短剣の刃に触ってみて」
「え……」
突然自由の身になった夢魔が、体勢はそのままに私を見上げる。
「刺すのは私も嫌だからさ。その刃に自分から触れてみてって言ってんの! もしかしたらそれで封印できるかもしれないし、それなら痛くないでしょ?」
「触るだけで、封印……」
呆けたように私を見つめながら、夢魔はポツリと呟くと、ごくりと喉を鳴らした。
「そんな簡単にいくか?」
「しっ、黙って見てみましょう」
頭の後ろで手を組んだセシルドが疑わしげに声を上げるも、すかさずリュイがそれを制する。
夢魔が、ゆるゆると短剣に手を伸ばす。
すると。
「ぴゃっ!」
夢魔の指先が触れるか触れないか。
短剣が突如、目を開けていられないほどにまばゆい光を発した。
それは夢魔のみならず、私やセシルド、それにリュイと、少し離れて立っていたミルさんをも包み込む。
光はあっという間に洪水となって私達を押し流し、次に視力を取り戻した時にはもう、周囲にはベッドや本棚、ソファなどの家具やキッチン、それに窓、リュイの家の風景がそこには広がっていた。
「……も、戻って……きた?」
尻もちをついた形でそこにいた私は、もう何がなんだか分からずに、ただこの目に映る景色だけを見つめて呟いた。
見ればすぐそこにリュイもミルさんも倒れていたけれど、二人とも私と同じように周囲を見回すとお互いがお互いを支えるようにして立ち上がろうとしている。
帰ってきたんだ……。
ほっと胸を撫で下ろすと同時。
「お……重い……。早く退いてくれぇ……」
私の下から小さく消え入りそうな懇願。
怪訝に思って顔ごと下に向けてみると。
「は……早く……息ができな……い」
カエルみたいに顔を緑色にしたセシルドが、私の下で潰れていた。