Dream42.乙女心と馬鹿力2
地響きはこの空間すべてを揺さぶっているようではなくて、ピンポイントで私たち二人だけに近付いてくる。
「ももももしかして、夢魔の増援?」
アイラさんにしがみついたままの姿勢で周囲をキョロキョロ見回してみる。
けれど……。
「ッ! うわっ!」
「きゃあッ!」
その瞬間、私たちの頭上で何かが弾けた。
その衝動は不安定に揺れていた私たちの足元を突き崩し、天を覆い尽くしていた仮初めの空をぐにゃりと歪める。
「びぃぎゃぁぁぁっ!」
私とアイラさん。
二人抱き合って、断末魔を上げながら崩れ落ちる空間に飲み込まれるようにして落ちていく。
その周りを透明の珠たちが囲うようにして、円を描く。
「アイラさ……ん! 絶対……離さない……からね! 掴まってっ!」
「キラさ……ん!」
圧し掛かる重力と遠心力に引き離されそうになる身体を互いにしっかり握り締め、どこに吹っ飛ばされてもせめて二人はぐれずいられるように力を込める。
その力に呼応するように、私たちを取り囲んでいた周囲の珠がまた再び輝きを放つと、私とアイラさんの周りを高速でぐるぐる回り出した。
その力は、崩れ行く亜空間の衝撃に逆らうようにして私たちの身体を浮遊させると、スピードを上げて流星のように瓦礫の雨の中を突き抜ける。
そのあまりのスピードに目を開けていられなくなって、ぎゅっと固く目を閉じて、もうその後は速度が落ちるまでされるがまま。
どこに飛ばされるのか。
まったく見当も付かない。
どのくらい経っただろう。
長い、と感じたその時間は実は一瞬だったかもしれない。
ようやく目を開けられるくらいにスピードが落ちてきたのを感じてうっすら目開けてみる。
と。
「ありゃ?」
見知った背格好の男が三人、地上からこちらを見上げていた。
高速でぐるぐる回る透明の珠に導かれるようにして彼らの元へと無事に戻れたと安堵する私とは対照的に、見慣れたテントを背景にして、三人が三人とも口をぽかーんと開けたままこちらを見ていた。
「き……キラ! どこ行ってたんだお前……っ!」
「キラさん! ご無事で……! はぁ、……良かった……」
「どーせ川が懐かしくなって泳いでたんだろ? き・ん・ぎょ」
「誰が金魚だこのヤローッ!」
クライスとリュイの反応はとても正しい。
それなのにセシルドのやつったら何なのさッ!
キョトンとするアイラさんの目の前で、私は開口一番セシルドにドロップキックをかましてやった。
そしてそのまま羽交い締めにしてギリギリと締め上げると、セシルドはたまらず平手で地面をバンバン叩く。
バカめ、私にケンカ売るとこうなるんだからね!
などと私とセシルドが取っ組み合いをしている間に、クライスとリュイの二人がアイラさんに近付き何やら声を掛けていた。
「あの……失礼ですが、あなたは?」
「キラの友達か?」
「いえ、私は……」
突然話しかけられて、アイラさんがしどろもどろになっている。
「あ、その人アイラさん! さっき川で流れてきたボートで寝てたの」
「えっ……」
セシルドの身体を締め上げながらも私がアイラさんを三人に紹介すると、私の下から「どんな状況だよ」と囁く声がしてきたので、私はさらに一瞬力を込める。
するとセシルドは「ぐえっ」と声を上げたかと思うと今度は両手で地面をバンバン叩いた。
仕方ない。
このくらいで勘弁してやるか、と思ってセシルドの身体を解放してやった私はそのまますくっと立ち上がると、改めて旅の仲間たちにアイラさんを紹介する。
「アイラさんね、北の国からボートで流れてきたみたい。たくさんの夢魔にとり憑かれてたんだけど、アイラさん一人でやっつけちゃ……」
「きゃーー、だめ!」
私が何を口走るか察知したのか、アイラさんが慌てて私の口を塞ぐ。
「苦しい! アイラさん苦しいよ!」
けれど相変わらず力が強すぎて、今度は私が息ができなくなって悲鳴を上げる番になった。
怪力怖い。
しかしながら、そんな私には目もくれず、私が口走った内容の異様さにいち早く気付いたクライスが呆然と呟いた。
「たくさんの夢魔にとり憑かれた……だと?」
それに同調するようにしてリュイも顔色を変えて頷く。
「夢魔は基本的に一人の人間に対して一人しかとり憑けないはず。サキュバスのような上位夢魔ならば一度に何人かの夢を支配することも可能ですが……その逆ということですか?」
「……聞いたこともない……」
目を丸くする二人の反応は、この世界に生きる者ならば極めて正しい反応だったのだろう。
夢魔は一度に複数の人間にとり憑くことはできるけれど、複数の夢魔が一人の人間に同時にとり憑くことなんて今まで無かったのだから。
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