✝ 残 ✝ 079話 一人の夜に(2)【恋愛ダークファンタジー小説】

✚残079話 一人の夜に(2)✚

「もし夜明けまでに戻れなかったら、さっきここに来る途中にあった廃屋はいおくの中にでも入って待ってて!」

 手早く用意を整えながら、なおも心配そうにエルフェリスを見つめる二人にそう告げると、少しだけ声を落としたロイズハルトがその重い口を開いた。

「……どうしても行く気か?」
「うん。大丈夫。私だって役に立ちたいから……。ヴィーダのために」

 だから行く。

 短くそれだけを告げると、ロイズハルトとルイの二人は改めて顔を見合わせた。

 ルイはともかく、ロイズハルトの方はいまだエルフェリスを偵察にることを消化しきれないでいたものの、エルフェリスが一度こうと決めたら言うことを聞かない性格であるのは分かっていたため、溜め息はとめどなく溢れてきたものの認めざるを得なかった。

 そうしてヴィーダへと一人潜入することが決まったエルフェリスは、決意の変わらないうちに地上へと降ろしてもらうと、一度も振り返らずに村とは逆の方向へと足を踏み出そうとした。

 エルフェリスとてロイズハルトが納得していないことは、十分理解していた。

 理解しているからこそ、これ以上彼の顔を見たら決意が揺らいでしまうかもしれない。

 自分の身を案じてくれることは本当に嬉しかった。こんな不安定な場所に彼らを残していくことが心配だった。なによりもそれが怖かった。

 それでも、今は少しでも情報が欲しい。

 だからエルフェリスは、物言いたげなロイズハルトの顔を見ないように背を向けたまま歩き出した。

 しかし間髪入れずにルイの声がエルフェリスを留まらせる。

「お待ちなさい、エル」
「え?」

 何だろうと思って振り返ると、ルイもまたすっと一歩を踏み出して、そしてなぜかそっとエルフェリスの手を取った。

 何事だろうと思ってエルフェリスが内心狼狽ろうばいしていると、ルイは自身のポケットから何かを取り出して、それをエルフェリスに握らせた。

 それからエルフェリスの目をじっと見つめて、それからにっこりと微笑む。

「可愛らしいですね。赤くなってますよ」
「っ! う……うるさいなぁ!  ……てかこれ……なに?」

 ルイの一言に顔からぼっと火が出るのを感じたエルフェリスであったが、それをごまかすようにそそくさと手の中のものに目を落とすと、そこにはきらきらと光る銀のリングがひとつ転がっていた。

 凹凸のない滑らかな曲線を描く銀の中心には、大きく輝くピンクの石が埋め込まれている。

「?」

 こんな時に何で指輪を、といぶかしむエルフェリスの様子に、ルイは吹き出すように笑うと、その手で少し乱れた前髪を払いけた。

「なるほど。なぜロイズたちが毎日楽しそうな顔しているのか解りました。あなたといたら確かに退屈しませんね。……と、それはさておき、その指輪はお守りです。それをめていれば、私とロイズの状況も把握できますし、会話もできます。もちろん逆もまたしかりです。ほら」

 ルイは簡潔にそう説明すると、自らの指に嵌めた同じ型の指輪をエルフェリスに見せた。彼の物には中心に黒い石が埋め込まれている。

 ふとロイズハルトに目を移せば、いつの間にやら彼もまた同じ指輪を嵌めていて、こちらには紫の石が輝いていた。

「みんな色違いのお揃いですよ。シードにしか伝わらない魔法の石で作った指輪です。これがあれば離れていてもひとまずは安心でしょう? あなた用にとこっそり作らせたのですが、早くも役に立ちそうで何よりです。大切にして下さいね」
「まあ……そういうことだから。……頼んだ、エル」

 ルイに続いてロイズハルトもまたエルフェリスに一歩近付いて、そしてゆっくりとそう言った。

「何かあったら指輪に念じれば居場所の特定も会話もできる。だがくれぐれも気を付けてくれよ? 何かあったらすぐ俺たちを呼べ。その気になればたとえ陽の中にあっても行動するすべが無いわけじゃない。必ず助けに行くから。いいな?」

 らすことのない真っ直ぐな眼差しで、ロイズハルトがエルフェリスを見すえた。

 なぜだかよく分からないが、それだけで……。

 ロイズハルトが自分のことを気に掛けてくれているというだけで、どんな事でも頑張れる気がした。

「うん! ありがとう。じゃあ行ってきます」

 それでもなぜか複雑な顔をしているロイズハルトと、「お願いしますよ」と片手を上げるルイに背を向けて、今度こそエルフェリスは暗闇の中へと一人踏み入って行った。

 二人の身の安全も考慮して、先ほどロイズハルトが下見の際に見つけた裏側の入り口から村の中へ入ることにしたエルフェリスであったが、夜の森の中を松明たいまつも持たずに一人で歩くのは、孤独と恐怖との戦いだった。

 ほんのわずかな距離も永劫えいごう続くかのような錯覚にさいなまれる。

 ましてやいまだ戦火の名残なごりくすぶり続けている中を行くのだ。さすがのエルフェリスも恐怖を拭い切ることなどできなかった。

「大丈夫。行ける。大丈夫……、行ける……」

 何度も自分に言い聞かせるように呟きながら、先ほどルイがくれた指輪を取り出して指に嵌める。

 そしてもう一度だけ大丈夫だと呟いた。

 大丈夫。この指の先には二人がいる。

 ロイズハルトとルイ。二人がいる。

 だから大丈夫だと自分で自分を鼓舞こぶしながら歩を進めて行くと、遥か向こうに村の入り口らしきところをみつけた。

 その姿をしっかりと見据みすえながら、少し早くなった呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。

 そしてそれから腰に下げたワンドの存在を手で確かめた。

 大丈夫。後は行動あるのみだ。

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