十 残 十085話 異国の微笑(5)【恋愛ダークファンタジー小説】

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「アンデッドなんて想像もしていなかった。だってそんなの今はもう存在さえしてないはずだったんだ。そうだろう? だから僕たちはどうしようもなかった。直接的な力は上であっても、耐久力はヴァンプやアンデッドの方が遥かに上だからね。長期戦になれば僕ら人間は死ぬしか道がない。……ヴィーダは……僕たちが滅ぼすしかなかった」

 歯痒はがゆそうに唇を噛むカイルの気持ちが、エルフェリスに分からないはずはなかった。

 ハンターである彼らとて、ハイブリッドたちが暴走を繰り返しなどしなければ、ここまで血眼ちまなこになって彼らと対立することはなかったかもしれないのだ。

 その一因である急進派のハイブリッドを前に、成すすべもなく退却を余儀よぎなくされた彼らの心中は、ひとしお穏やかではなかっただろう。

 口端を吊り上げるヘヴンリーの顔が、ふと浮かんで消えた。

 ヘヴンリーの顔が……。

「ねぇっ!」

 その時に少し遅れて、エルフェリスはとっさにカイルの腕をしっかりと掴んで叫んでいた。

「ヘヴンリーは? 栗毛で青い目の美しいハイブリッドはいた?」

 悔しさで顔をうつむかせたままのカイルの身体を激しく揺さぶって、エルフェリスはそう叫んでいた。

 けれどそんなカイルも突然のエルフェリスの行動に目を丸くして反応する。

「え……?」

 いまいちその内容を把握しきれなかったのか、疑問の声を上げるカイルにエルフェリスはさらに声を大にして畳み掛ける。

「ヘヴンリーだよッ! 栗毛の髪に青い目のハイブリッド! 知らない? 急進派を率いているボスヴァンプ!」
「……栗毛に青い目と言われてもなぁ……そんなヴァンプはごまんといるし……。……でも待てよ?」

 何かを思い出したかのように、ふいに言葉を止めたカイルにエルフェリスが注目する。

 その沈黙はしばしの間続いた。

 答えを待ち望んで凝視してくるエルフェリスに臆することなく、じっくりと記憶を探るように思案しあんするカイルを見ていると、否応いやおうにも質問に対する期待が高まっていく。

「その男が……エルの言っているヘヴンリーというやつなのかは分からないけど……」

 少し躊躇ためらうように瞳を揺らめかせる彼の次の言葉を、エルフェリスは固唾かたずを飲んで待ち侘びた。

 心臓が身体を突き破らんばかりの勢いで鼓動している。

 カイルの言葉次第ではあるいは……エルフェリスの考えもあながち思い過ごしではなくなるかもしれない。

 それがエルフェリスにとって、そしてシードにとって良いことなのかは……判断できないが。

「妙な雰囲気を持つヴァンプに会ったんだ。ヴィーダが襲われる直前にね。やたら美しい男で、突き抜けるような青とも……深みのある青ともいえる不思議な色の目をした男だった。燃え上がるような真っ赤な片目にすぐハイブリッドだって分かったけれど、いまだかつてあのようなハイブリッドに出くわしたことはなかったな。オーラだけで身がすくむなんて、よほどのシード相手でもない限り無かったのに。あの男にはそれだけの威圧感があった。ハンターとしての本能でやつを狩ろうとしたけど、あっさりかわされてそれでおしまいさ」
「……それで……その男はどうしたの?」
「そのまま消えてしまったよ。やろうと思えば僕らを殺すことだってできたはずなのにね……。結局、僕もデストロイもやつの背中を見送ることしかできなくて……。そして直後、ヴィーダは堕ちた……」

 自嘲ともとれる笑みを時おり浮かべながら、カイルは淡々とそう話していった。

 けれど、ふと落とした視線の先では、カイルの握り締めた両手が微かに震えていた。
 
 失意と後悔と怒り。

 彼の姿と言葉からは、そんな感情がありありと読み取れるようだった。

 一方のエルフェリスは、その男がヘヴンリーかどうかを見極められずにいた。

 ヘヴンリーにはデューンヴァイスのような明確な特徴がない。やたらと色白なわけでもないし、服装や髪形が奇抜きばつなわけでもない。

 髪の色も一番ありふれている栗色だし、惹き込まれるような美しい外見と青い瞳だけが思い付く限りの特徴だった。

 けれどカイルの話を聞いている限り。

「……ヘヴンリーかもしれない」

 そう思うのだ。

 シードを凌駕りょうがするほどのオーラを持つハイブリッドなんて、エルフェリスもヘヴンリー以外知らない。

 確証もなく、憶測と伝聞のみでヘヴンリーだと断定するには時期尚早ではあるが、ヘヴンリーの可能性は限りなく高いと思われた。

「……でもそれにしても、その男がヘヴンリーってやつだとなんなんだい? なにかあるのか?」

 話が一息ついたところで、エルフェリスがあまりにもヘヴンリーに対して執着を見せたせいか、カイルが不思議な顔をしてそう尋ねてくる。

「……それは……」

 けれど確証が無いのなら下手なことは言えず、エルフェリスは返答に困り、思わず口籠くちごもった。

 一瞬の沈黙が二人の間をすり抜けてゆく。

「……ハンターには言えないこともあるってところか。……まぁいいよ、それに関しては話せる時が来たら聞かせてもらうことにする」

 口をつぐんだエルフェリスに対して不審の目を向けることなくカイルが苦笑する。

 そしてそれから、ふいに何かを思い出したようにエルフェリスの名を呼んだ。

「それより、エル」
「え?」

 今の今までの重苦しい空気を一新するかのようなその明るい声色に、エルフェリスの声も思わずワントーン上がる。

 しかしながらその内容を耳にするや否や、エルフェリスの心に少なからず動揺が走った。

「え……ゴメン、よく聞こえなかった。もう一回言って?」

 とっさに空笑いを浮かべてそうごまかしたエルフェリスに、カイルは明るい口調のままもう一度同じ言葉を繰り返した。

「だから、明日の朝にはデストロイも戻ってくるだろうし、エル。これからどうするんだい? って……聞いたんだよ」

 人の気も知らず、弾けるような笑顔でそう問うカイルに、エルフェリスはとてつもない息苦しさを感じた。

「えっと……その……」

 どう答えたら良いのか、さすがのエルフェリスも考えあぐねてしまった。

 デストロイが戻ってくる。

 それがどういうことか、エルフェリスは十分解っているつもりだった。

 あの男が戻ってきたら、シードの居城への退路は絶たれる。確実に。

 カイル一人ならば何とでも上手い言い訳などしてロイズハルトたちの元に帰ることもできただろうが、そこにデストロイが加わるとなると話は別だ。

 たとえデストロイがロイズハルトたちをハイブリッドと勘違いしてくれても、その後自分の帰る場所は“シードの居城”なのだ。

 絶対に人間の目には見えない魔法が施されていようとも、おおよその場所は特定されてしまうだろう。

 そうすれば……そうなれば……。

 それだけは何があっても避けたかった。

 ヴァンパイアとあらば見境なく狩るデストロイはもはや、ヘヴンリーら急進派のハイブリッドと同じ。

 盟約をおのれの感情のみで侵害する一人の人間に他ならないのだから。

「……それはまだ……決めてない」

 だからそう答えるしか、エルフェリスには思い付かなかった。

 どちらに帰るとも明言することなどできなかったのだ。

 本当はこのまま一度、カイルらとともに村へ戻る方が賢明なのだということは自分でも解っている。

 けれど……シードの居城には、誰よりも捜し求めていた姉エリーゼがいるのだ。

 せめて彼女があの城で、何の心配もなく暮らしていけるというところを見届けたいと願うのは、許されないことなのだろうか。

 今の自分には、どの判断が最適なのかわからなかった。残るとも、帰るとも言えなかった。

 エルフェリスは心の中で項垂うなだれた。

「まぁとにかく、デストロイが戻ってきても何日かはヴィーダに留まるつもりだし、その間にゆっくり考えたら良いよ」

 一瞬ふっと表情を凍り付かせて、それからまたにっこりと微笑むカイルに、エルフェリスは刹那せつな、違和感を覚えた。

 けれどそれが何なのか分からないままに、カイルは「用があるから出掛けてくるよ」とだけ言い残すと、太陽の光差し込むこの部屋をゆっくりと出て行った。

 残されたエルフェリスは一人、呆然と立ち尽くしたまましばらく動くことができなかった。

 だがすぐに頭を切り替えると、ぶんぶんと頭を振ってからその顔を上げる。

 ロイズハルトらの元へと戻るのならば、遅くても今夜中にこの村を出るしか策はなさそうだ。
 
 もう猶予はほとんど残されていない。

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