【夜想曲10話】武装女子の逆襲

Dream10.武装女の逆襲

 ああ、ありがとう。

 これも神のお爺ちゃんのお陰かしら。

 なんて思うわけないけど、突然救いの手は差しのべられた。

 黒い水を浴びたセシルドの身体がみるみるうちに元に戻っていったのだ。

 自由を取り戻したセシルドは、落ち行く私に気が付いて慌てて両手を広げて叫んだ。

「金魚! ここに落ちろよここに!」

 そんな事言われたって無理に決まってんじゃん!

 セシルドは空を見上げながら、私の落ちる位置を確認し、細かく移動を繰り返した。

 落ちても夢だから痛くない痛くない!

 自分に言い聞かせると、あとはセシルドに全てをゆだねて私は固く目を閉じた。

 にぶい衝撃を感じて目を開けると、きつく歯を食いしばるセシルドの顔があった。

 なんとかうまくセシルドにキャッチしてもらったようだ。

「あ……ありがと」

 小さくお礼を言って、すぐにセシルドの腕の中から地面に降り立つと、セシルドは思いもよらぬ言葉を私にかけた。

「お前血ぃ出てるぞ! アイツにやられたのか?」

 上空から悔しそうに私たちを見下ろすサキュバスを指差しながらも、セシルドは私の頬を指で拭った。

「良かった。浅いな」

 頬を一撫でし、ホッと胸を撫で下ろすセシルドの行動は私をひそかに混乱させる。

 いきなり何するんじゃ!

 クライスといいセシルドといい、この世界では常識のスキンシップなんだろうか。

 こっちに来てから心臓が忙しくて仕方ない。

 いろんな意味でドキドキしっぱなしで寿命が縮まりそうだ。

「あああありがと。こんなの唾つけとけば治るから!」

 無造作に傷口を手で拭い、から笑いでごまかした私だったが、やっぱりセシルドはセシルドだった。

「きったね~……」

 そこでひくなよ。

 くそぅ。

 しかしそうそう笑っていられるわけでもなく、私たちはそれを期に表情を引き締めた。

「とにかくアイツ片付けんのが先だな、行けるか金魚?」
「だから金魚じゃ……」

 って出かかったけど、そんな事言ってる場合じゃないから、私は途中でそのセリフを飲み込んでからうなずいた。

「でもどうすればいいのか分かんないよ? 短剣は消えちゃったしさ」
「は? 自分で持ってんじゃん」

 あごで示された方に目を落とすと、消えたはずの短剣がしっかりと右手に収まっていた。

「あれ?」

 いつの間に……。

 全く感覚がなくて、まるで私の一部になっているようだった。

 なんだかすごくかけがえの無いものに感じる。

 ふとセシルドに目をやると、腰に差したロングソードをスラリと抜き放っていた。

 鏡のように磨かれた刀身がキラリと光る。

「これ、俺の魔具。俺が援護するから、お前はあの淫魔ババアやっちまえ!」

 可愛い顔してすごい事を言うものだ、と思いつつも、実は私も同じ事を考えていたなんて大きな声では言えないな。

 やっちまえって言うニュアンスが難しいけど……。

 ――殺せ、と言うことなのだろうか……。

「お前なりのやり方があるだろ。殺すも封印するも“ブレイブ”次第。そこから先は俺たちは手出し無用の世界だ。――俺は、ただお前を守るだけだ」

 私の迷いを見透みすかしたように、セシルドが呟いた。

「封印……する」

 一筋の光が見えた気がした。

 たとえ夢魔でもこの手にかけるのは気が進まない。

 けれど封印と言う手があるのなら、私は心置き無く“ブレイブ”になれるような気がした。

「魔具は自分の分身と思え。そうすれば迷うことなんか無いだろ?」

 ニッと笑うセシルドの笑顔に、私は力強く頷いた。

「チッ。まさか私の悪夢から逃れるとはね……」

 未だ上空のサキュバスは辺りに響き渡るほど大きな音で舌打ちをした。

 私はセシルドと肩を並べて、改めて敵を見上げる。

「おいババア。悔しかったら降りてこいよ。決着付けようぜ!」

 右手に握り締めたロングソードを肩に担ぎ、セシルドは左手で夢魔を誘うよう動かしながら高らかに叫んだ。

 またそんな言い方して……と思ったが、案外サキュバスにとってはダメージなのではないか?

 みるみる震え始める体と、色を失っていく顔色を見れば一目瞭然だ。

「おばさん! 今度はアタシの番だから覚悟してよね!」

 ちょっと調子に乗って叫んだ私の言葉は、サキュバスの理性にヒビを入れたようだ。

「跡形もなく消してやるッ!」

 腹の底から絞り出すような低い怒りが辺りに木霊こだました。

 だが、サキュバスがどれだけキレようがわめこうが私にはどうだって良かった。

 ただ“ブレイブ”としての初任務をまっとうするのみ。

 売り言葉に買い言葉。私たちの挑発に乗ったサキュバスが地上に降り立つその時が勝負だ。

 武装女子高生の恐ろしさを思い知らせてやるんだから!

 案の定私たちの挑発に乗ったサキュバスは怒涛の勢いで地上に降りてきた。

 処理しきれない憤怒のオーラを全身にまとっている。

「いいか金魚。さっさとカタ付けろ! 俺のガードを信じてくれ」

 真剣なセシルドの横顔は思いのほか凛々しくて、信頼感に満ち溢れていた。

 “ナイト”の称号ゆえなのだろうか。

 すっかり安心して、私は頷いた。握り締める短剣に願いを込めながら。

「戦闘開始!」

 サキュバスが地上に降り立つやいなや、セシルドが楽しそうに叫んだ。

 その声に反応して、サキュバスもまた大きく広げた両腕と唇を忙しなく動かせる。

 なんだかよく分からないけど、私はセシルドを信じてただただサキュバスに飛びかかった。

 右・左・左・右。

 繰り出す剣先はことごとくかわされてしまったが、そのうち必ず転機は訪れるものだ。

 切っ先が微かにサキュバスの剥き出しの肩をとらえたのだ。

 薄くにじみ出す血が赤い。

「よくも……!」

 鬼の形相をしたサキュバスは肩の傷に一瞥いちべつを加えると、ゆっくりと私に視線を合わせた。

「存在ごと消し去ってくれるわ」

 低くうめくような声で、サキュバスは白い両腕を私に向けて突き出した。

 途端にその指先から噴き出した黒い炎が、私目掛けて伸びてくる。

 あまりにサキュバスに近寄りすぎていた私はもちろんそれをかわせるわけがなく、あっという間に炎に包まれ……たハズだった。

 キィ……ン。

 思わず背けた瞳に映ったのは空の彼方へ弾けるように消える黒い炎。

 キィ……ン。

 いくつもいくつも弾けては消えていった。

 そしてようやく私は気付くのだ。

「セシルド!」

 いつの間に……。

 その身を盾にするように、私の前にセシルドの背中があった。

 先ほどよりも青みを帯びている彼のロングソードが、サキュバスの黒い炎を素早くブロックしている。

「フン、こんなもの! ナイトのガードをなめんじゃねぇぞ! オラオラ!」

 不適な笑みさえ浮かべるセシルドに対し、サキュバスの顔にはさらなる怒りが見え隠れし出した。

 そして夢魔はふいに指先を二・三度躍らせると、急に両腕を大きく振りかざし、そして振り下ろした。

 空気を切り裂く“あの音”がする。

 サキュバスは白い腕全体を刃物に変化させ、それを闇雲やみくもに振り回し始めたのだ。

「あっぶねぇな! キレてんじゃねぇよババア!」

 私もセシルドも避けるのに必死だったが、その間も私は握り締める短剣に封印の願いを込め続け、セシルドはサキュバスの動きを封じようと何度も剣を突き出す。

「死ね……死ね!」

 もはや怒りで我を忘れたサキュバスは、半狂乱の笑い声を上げながら、凶器となった両腕を振り回し続けるのみだった。

「キリがねぇな……こうなったら金魚! 俺が突っ込むから、なんとかしろ!」
「ええ? そんな事したらアンタが危ないよ?」
「ゴチャゴチャ言うな! もう俺あのババア嫌だ!」

 苛立つセシルドは私の制止などまったく耳に入らないようだ。

 すぐさま地を蹴って、荒れ狂うサキュバスのふところへと飛び込んで行く。

 次の瞬間、見事に彼はサキュバスの動きを抑え込んでいた。

 けれど……。

「セシルド!」

 苦痛に顔を歪めるセシルドの片腕に、凶器と化したサキュバスの刃が食い込んでいるのがハッキリと分かる。

 ロングソードがクッションの役割を果たしているのか、これ以上深く食い込むことはなさそうだが、それでも彼の腕からは次から次へと血が溢れ出した。

「セシルド……」

 呆然と立ち尽くす私は、譫言うわごとのようにセシルドの名を呟いた。

 血の色が……瞳の色を奪って行くようでーー。

 ああ、ダメだ……。

 息苦しい。

「キラ! 今だ! 早くしろ! 俺が死ぬだろーがッ!」

 そんな私に対して、首だけをこちらにひねる格好でセシルドは怒鳴った。

 我に返った私はハッとして短剣を改めて握り直す。

 そして呟いた。

「封印を!」

 封印をーー!

 強く願ったその瞬間、短剣がまばゆく輝きを増した。

 目がくらむほどの光が辺りを包み込む。

「なっ? 何をする気だ!」

 突然の光の洪水にサキュバスは驚きひるんだ。

年貢ねんぐの納め時ってやつじゃねぇのか? ババア」

 うろたえ力を弱めたサキュバスに対し、セシルドがニヤリと呟く。

 そしてもちろんサキュバスが自ら作った隙を逃すはずはない。

「じゃあな、ババア」

 セシルドはサキュバスの腕を軽々と振り払うと、素早く態勢を整え直し、もう一度夢魔の懐に飛び込んで行った。

 ロングソードの刃先をその中心に向けて。

「ひぐっ……」

 サキュバスの身体がゆっくりと傾く中、私は輝く短剣を足元に深く突き刺した。

 途端にサキュバスの作り出した亜空間が崩壊を始める。

 辺りは溢れる光に飲み込まれていった。

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