【夜想曲11話】短剣と黒水晶

Dream11.短剣

 目覚めた時に真っ先に瞳に映ったのは、ひどく心配そうな表情を浮かべたクライスとリュイだった。

 そしていつも通りのセシルド。

「キラ……良かった!」

 私がまばたきを繰り返すと、クライスは長い溜め息と共に笑顔を見せた。

「頬の傷は私が治しましたから安心して下さいね。跡が残るようなモノじゃなくて本当に良かった」

 リュイもまた胸に手を当てると、そっと目を閉じた。

「あれ……?」

 かくいう私は……正直どうしてクライスとリュイと対面しているのか分からずにいた。

 だってたった今の今までサキュバスを封印せんと必死だったのに。

 真っ白な光に包まれた後の記憶が全くない。

「あれ? えーっと」
「大丈夫ですか?」
「う~ん……思い出せない」

 眉間にしわを寄せ、頭を抱える。

 その拍子に何やら含み笑いを浮かべたセシルドと目があった。

「なにその顔」

 若干声のトーンを落として、セシルドを睨み付ける。

「いーや? 別に?」

 ごまかそうとしたって、ククッと笑う声が聞こえてるんだよ、セシルド。

 目を細めて、明らかな不快感を訴えてみたが、彼はもう自分の腕に巻かれた包帯に夢中だった。

 少いびつに巻かれた包帯の隙間から、うっすら赤紫色をした傷口がのぞいている。

 ある程度塞がってはいるものの、少しでも無理をすれば再び傷口は開いてしまうだろう。

 セシルドがサキュバスから受けた傷は思いのほか深くて、リュイのヒーリング能力をもってしても完全に塞ぐことはできなかったらしい。

「……痛む?」

 私は憮然とした表情を緩め、セシルドに近寄った。

 そしてたるんだ白い包帯に手を伸ばす。

 包帯を巻くのは得意だ。

 毎日毎日傷ついた誰かに包帯を巻いてあげていたから。

 ――こんなコトばかり得意になったって仕方ないのにね。

 苦笑しながらこんなセリフを言ったのは誰だったっけ……。

 ふと大切な人達の笑顔が浮かんで消えた。

「このくらい平気だ。怪我をおそれてちゃ剣なんか握れねぇよ」

 セシルドの言葉にハッと我に返る。

 やっぱり、彼からは予想していた通りの答えが返ってきた。

 さっきのセシルドの戦い方は酷く無鉄砲だったから。

 命がいくつあっても足りなそうで、こっちがヒヤヒヤする。

「またムチャしたんだろ」

 セシルドの答えを聞くやいなや、クライスが呆れたようにうなだれた。

 その後、私達は一通り村を廻ることになった。

 まずは何よりも先に一時避難させていた村長の元を訪れ、サキュバスの封印を知らせた。

 私達の姿を見つめる人々の目はどれも不安の色を隠そうとはしなかったが、私達の話を聞いて、村長も他の村民も胸を撫で下ろしたようだ。

 すぐにとり憑かれていた男達も全員意識を回復し、また、夢魔の封印の事実も広まったようで、一番星の輝く頃には元の静けさを取り戻していた。

 そして私達はひっそりと部屋で食卓を囲んでいた。

 四人ともそれぞれ思い思いの飲み物をグラスに注ぎ、互いに今日の働きをねぎらう。

 そしてひと口ふた口とグラスを傾けた。

「今日は本当にお疲れ様でした」

 少し甘い香りのする葡萄酒を含んだリュイが、一同を見回してグラスを少し掲げる。

それにならうようにしてクライスもグラスを掲げた。

「俺達はちょっと楽しちゃったがな」

 ふふっと笑いながらクライスもグラスの中身を味わう。

 そんな事ないよ、クライスもリュイも見えない所でうんと支えてくれたのにな。私は二人を横目で見ながら、そう思った。

「ところでセシルド」

 パチンと両手を合わせて、私はセシルドに問い掛けた。あくまでも今唐突とうとつに思い出したかのように装って。

「あ?」

 今日のメインでもある鴨肉のローストを口いっぱいに頬張って、至極しごく間の抜けた顔と声とが私に向けられる。

 けどあえてそこには触れずに話を進めた。

「結局サキュバスってどうなったのよ」
「は? 冗談こいてるのか?」

 私の返答はそれほどおかしかったのだろうか。

 口の中の物を無理やり飲み込んだセシルドの顔と言ったら、それはそれは酷いアホ面だった。

「お前自分で封印したじゃん」
「うそ? どうやって?」
「覚えてねぇのかよ! 可哀想に……若年性の健忘症だな」
「てかボケてねぇし……」

 クライスもリュイも居るのに、思わず小さく舌打ちをしてしまった。

 だって今のセリフはさすがにカチンときたから。

 クライスとリュイはバツの悪そうな苦笑いを浮かべていたが、当の本人セシルドはどこ吹く風とばかりに履いていた脚衣きゃくいのポケットを探り出した。

 そして。

「ほれ」

 ほとほと呆れた顔でセシルドが何かを差し出す。

 首を傾げていると彼はその“何か”を私の前に置いた。

 ――それは黒く透き通った珠だった。

 極めて小さな黒色の珠。

 真珠よりも一回り程は小さいだろうか。

「なにこれ?」
「サキュバス」
「からかってんの?」

 口角をひきつらせながらも何とか笑顔を取りつくろってはみたが、セシルドの言うことは意味不明過ぎる。

 自分は今きっと物凄く複雑な表情をしているんだろう。

 そう思えるくらいすぐに理解するのは難しい。

「サキュバスは確か露出狂のお姉さんだったはずだけど?」

 私の問い掛けにセシルドは「そうだ」と頷く。

「人間の形をしてたはずだけど?」
「だからそうだって言ってんじゃん」

 …………。

「えええ?」

 私の叫び声で窓ガラスが少しカタカタ揺れた。

 クライスもリュイも、セシルドの言葉に呆気にとられている。

 おおかた、二人ともセシルドがいつものようにただ私をからかって遊んでいるんだと思っていたのだろう。

セシルドが一人、ニヤリと笑った。

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