Dream14.東の魔術師
夜が明けてすぐ私達は広場を後にし、再び街道を東の魔術師の元に向けて進んだ。
今日はうっすら雲が広がって、あまりすっきりとは言えない空模様。
私の瞼もあまりすっきりしない。
馬上ではクライスに支えられているのをいいことに、うつらうつら眠ってしまっていたみたいだ。
「キラ起きろ。着いたぞ」
優しく肩を揺さぶられて目を覚ます。
「……ありゃ?」
うつらうつらどころか爆睡していたらしい。なんでこんな場所にいるのかわからなかった。
そこはびっくりするほどの谷の中。
ところどころ生えている緑色の雑草がアクセントになっている岩場以外、何も見当たらない。
「え? え? ここがお家? 魔術師って家ないの?」
クライスが差し出した手を取って馬から降りたが、こんなところに人が住んでいるなんて到底思えなかった。
「魔術師って変わった人だね」
心の底から溜め息が出る。
すると。
「ここからは徒歩でしか行けないんだ」
クライスが有り得ない場所を指差しながら微笑んだ。
「ど……どうやって……」
私の目の前には遥か頭上高くそびえる岩場。天辺は一体どの辺りだろうか。
「ここの上だ」
王子様の笑顔は眩しいが、彼の脳内を疑いたくなる。
「ま、まさかココ……登る……の?」
「ああ」
「あたしも?」
「もちろん」
何がおかしいかと言うような顔でクライスが答えた。
するとセシルドがぷっと噴き出す。
「やべっ。もしかしてこれからロッククライミングだと思ってんじゃん?」
「違うの? だって何もないじゃん」
私が思いっきり反応すると、クライスとセシルドはおろか、リュイまでがゲラゲラと笑い出した。
「何で笑うのーッ!」
私の叫び声が岩場に木霊する。
リュイまで笑うなんて、ヒドいじゃん……。
「あはあは、すみません。知らぬ事とはいえ……」
目尻を指で拭った後、リュイは手荷物の中から彼の魔具である銀の竪琴を引っ張り出した。
クライスとセシルドが未だゲラゲラ笑う中、リュイは静かに竪琴に指を滑らせる。
すると――。
目の前に七色に輝くサークルのような物が姿を現した。
「何コレ……」
突然現れた光のサークルを前に、私の口はあんぐり開いたままになった。
「入り口ですよ。魔具使い以外は簡単には近寄れない聖域なんです、彼らの住処は」
リュイはそう言って、サークルの中心まで進むと私に手招きしてみせた。
クライスとセシルドも自身の愛馬の手綱を引き、サークル内へと足を踏み入れる。
かくいう私は……やはり少し躊躇した。
が。
「キラ、大丈夫ですから」
「さっさとしねぇと置いてくぞ。お前だけ崖登るか?」
「やだやだやだ! 行くし!」
催促されてようやく足を踏み出す。
サークル内は淡く渦を巻くように輝いてとても幻想的に見えた。
「では行きましょう」
リュイがそう言って再び竪琴に指を絡ませると、一瞬の旋律に乗せて私達の体は宙に浮き上がった。
「わわッ! 飛んでる……飛んでる!」
思わず隣にいたセシルドの腕をガシッと掴んで揺さぶってしまう。
今の今までこの足で立っていた地上がどんどん小さく離れていった。
「すごいすごい! 楽しい!」
「こんなの普通だろ?」
呆れ顔のセシルドがふっと溜め息をついたが、私の興奮は収まらない。
ジェットコースターに乗っているような感覚でやみつきになりそうだ。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。
すぐに岩場の頂上に到達し、地面に足が着くのと同時に小さな音を立ててサークルは消えてしまった。
その代わりと言うのもなんだけど、新たに視界に入ったものに度肝を抜かれることになる。
「な……なんじゃこれ……」
上から下までじっくり眺めても“ソレ”が果たして“ソレ”なのか、ちょっと理解できない。
ぐるぐるの巻き貝みたいな紫色の屋根に、砂時計の形をしたショッキングピンクの外壁。巻き貝の先っぽにはなぜか、いくつかの見覚えある国旗が刺さって揺らめいている。
とっさにお子さまランチを思い出した。
ド派手というか何というか……、とりあえず顔面の右半分がひくつくのは辛うじて理解できた。
「東の魔術師の家。手作りだそうだ」
「へ、へぇ……独特のセンスだね」
“ソレ”はやはり“家”と呼ばれるものだった。
適当に笑っておいたが、無意識に「悪趣味」と呟いてしまう。
はてさてその作り手でもあるこの家の主人はどんな人間なんだろうか。
縦に伸びたハート型で、こちらも外壁と同じくショッキングピンクに塗られたドアをクライスが引く。
私は一行の一番後ろからやや警戒しつつ中に踏み入れた。
しん……と静まり返る大きなホールが私達を出迎える。
外装とは打って変わって、屋内は絵本や童話に出てきそうなクラシックな雰囲気を醸し出していた。
壁面に沿って螺旋状の階段が上へと伸びている。
天井は遥か上空でちょっとしたビルの吹き抜けに立ってるみたいだった。
「東の魔術師はご在宅か。私は西の国の第三王子クライス。お目通り願いたい!」
ホールの中央まで来ると、クライスは上階に向かって叫んだ。
けれどしばらく待っても返答はなく、静かなホールの中に余韻が響いて消えていく。
一同を見回して小首を傾げたクライスが再度叫ぼうと口を開いた瞬間。
「ん?」
「おや?」
「なんだなんだ?」
なにやら不穏な地響きと共に何かが階段を下りて……もとい、転がってきた。
目を丸くして見守る私達の前で、その物体は激しく突き当たりの壁に激突すると、その反動でさらに後ろに吹っ飛んだ。
「あ……あのぅ……」
転がる物体に恐る恐る声をかけてみる。
それが人の形をしていたから。
「大丈夫ですか?」
すると、やや間を置いてから……。
「はい、いらっしゃーい!」
と、物体が勢いよく飛び起きた。
★✶✶★★✶★
「はぁ焦った焦った。来客なんて滅多にないから張り切ってオシャレしたらスカートの裾ふんじゃったわ」
アッハッハと豪快に笑いながら、その人はグツグツに煮えたぎった紅茶を差し出した。
紅茶の色も相まって、地獄絵図に出てくる血の池をとっさに思い浮かべてしまった。
喉は渇いていたが、これではしばらく飲めそうもない。
「で、アタクシが東の魔術師、レアよ。ご用件は何かしら?」
グッツグツのボッコボコに煮えたぎる紅茶を一口飲んでから、その人・レアはそう言った。
見た目はスタイルも顔も抜群なのに、何かがおかしい。
高い位置で結い上げたツヤツヤの巻き髪も素敵だし、細身の長身を包み込む黒のドレスもシンプルだけど凄く似合っている。
どんな人混みの中にいたって、絶対に誰もの目を惹くような美人だ。
でも。
「全く世の中おかしな事ばかりでヤんなっちゃうわよね~。ちょっとカラオケってヤツやらない? この前別の世界から取り寄せたんだけどねー、コレがなかなか楽しいのよ。あ、でもアタクシに用があるって言ってたわね? 残念だけどまたの機会にするわ」
引きまくりの私達を置き去りにして、魔術師の会話はどんどん進んでいく。
「あ、ごめんなさい! アタクシったら暴走癖があって」
頬に手を当てて魔術師はホホホと笑った後、彼女にあわせて苦笑するのが精一杯の私達に用件を促した。
ようやく本題に入れると安堵しつつも、単刀直入に疑問に触れる。
すると、魔術師レアの表情が厳しく一変していった。
「夢魔の事ね。あれはアタクシも情けなくも申し訳なくも思ってるの。けれど神の力が弱まっている今、彼の力で存在する私達には……どうしようもなくて……」
さっきまでの調子は全く影を潜め、世界の守人たる瞳で私達に頭を下げたレアは、ゆっくりと事のあらましを語り出す。
「あれは確か……一年前の“悪魔の日”の少し後、魔術師と賢者が神の元に集結した日の事だったわ」