【夜想曲15話】悪夢の暴走

Dream15.悪夢の暴

「おい! お前! さっさとオイラをココから出せ!」

 硬い鉄格子の隙間から顔を覗かせてその少年は叫ぶと、両手でつかんだ冷たい金属の格子こうしを力一杯揺さぶった。

 暗く冷え切った石の壁にガチャガチャと無機質な音が鋭く響き渡る。

「出せって言ってんだろ!」

 その声も、顔も、体もまだまだ子供だ。

 ほこりにまみれた装束しょうぞくと傷だらけの顔面が痛々しい。

 だがその瞳に宿る光は、確かにこの暗闇の中にあっても輝きを失っていない。

「お前誰だ! なんでオイラを!」
「うるさい。クソガキ」

 わめく少年に対していら立ちを見せた男は、軽く払った左手から漆黒の魔法弾を放った。

「ぎゃ……」

 それはにぶい音を立てて少年に命中する。

 少年は苦痛に顔を歪めながら静かに床に倒れ込むと、何度も「くそぅ」と呟きながら意識を失った。

「なぜだと……? ヒヒヒ」

 目の前で天秤てんびんが揺れる。

 男は細く枯れた指先で天秤の黒水晶をひとつつまむと、この部屋に唯一取り付けられた小さな窓から夜空の月を見上げた。

「お前がヤツの後継者だからに決まっておろうが……ッ! ヤツの力さえなければ神などおそれるに足りんわ、ヒヒ……ヒヒヒ」

 ★✶★✶✶★✶✶★

 魔術師レアは静かにカップをテーブルに置くと、大きく肩を上下させ溜め息を吐いた。

「びっくりしたわ、神の変わり様といったらまるで別人なんだもの。あなた達彼を見たことは?」
「まぁ……何度かは」
「小せぇじいさんだったけど?」

 レアの問い掛けにクライスとセシルドがそれぞれ答える。

「あたしも……あたしが会った神様はおじいちゃんだった」

 やや遅れて私も答えた。

 するとレアは思わずその綺麗な眉尻まゆじりを下げるほどに苦笑する。

「そうでしょうね。それだけ神である彼の力が衰えているのよ。神は状態によって外見を変えるの。近頃は年々年老いて随分身長も小さくなって……」
「ぷっ!」

 レアのその言葉に私は不謹慎ながらも噴き出してしまった。

 一同の視線がにわかに私に集中する。

「なに笑ってんだ金魚!」
「いや……ごめっ」

 珍しく真面目な顔したセシルドにとがめられてしまい、私は顔をわずかにらしてゆるむ口元を懸命に引き締めようと努力した。

 おじいちゃん確か、力が弱まったから身長が縮んだって愚痴ぐちってなかったっけ?

 あれ本当だったんだ。

 ……ちょっと笑える。

「神とて万能じゃないのよね……情けないけど」

 レアはそう言うと席を立って、私の元へ近寄ってきた。

「あなたが神に選ばれた異界のブレイブね?」
「あ……ハイ、そのようで」

 ポカンとしたまま私がレアと話していると、“異界”と言う単語を肯定こうていした私に驚くリュイの姿が目に入った。

 いけない、リュイに話すの忘れてたんだっけ。

 クライスもアッと思ったのか、すぐさまリュイに説明を始めたようだ。

「神がブレイブを呼び寄せたのは知っていたわ。けれど異界から呼ぶ辺り、だいぶ深刻なようね」
「あ、あの?」
「魔具を見せてくれるかしら?」
「はい!」

 魔術師にうながされるまま私は短剣を取り出すと、それを彼女に手渡した。

 短剣を受け取ったレアは、それを空にかざしたり眺めたりした後、キラリと光る刀身にゆっくりと触れる。

 そして目を閉じると、しばらくそのまま動かなくなった。

 不思議に思いつつもその様子を見守る私達。

 するとレアの指先から刀身とうしんへ淡く優しい光が入り込んで行くのが見えた。

「これはアタクシの力を凝縮ぎょうしゅくした光。姿を隠す夢魔をこの刀身に映し出す光。……けれど……」
「けれど?」

 レアはそこまで言うと言葉を切り、何かを思案しあんしつつも私に短剣を返した。

 そして少し沈黙した後、確かめるように再び短剣に触れる。

「不思議な力を感じるわ、この短剣から……。何かしら、この雰囲気は」
「雰囲気?」
「そう、この短剣……異界から持ち込んだ物でしょ? こっちに来てから何か変わった事はなかった?」

 レアの問い掛けに私達はすぐさま顔を見合わせた。

「あ!」
「サキュバス?」
「え? サキュバス?」

 私達の叫びにレアの疑問が見事にハモる。

「サキュバスって夢魔のサキュバス? サキュバスがどうしたって言うの?」
「サキュバスがこの短剣に吸い込まれたんだよ! ……じゃなくて吸い込まれたんです!」

 セシルドがそう言えば。

「黒いオーラがサキュバスを包み込んだらしくて……!」

 とリュイが身振り手振り忙しく説明を始める。

 そこへクライスが。

「黒い珠の中にサキュバスが眠ってて!」

 などと一斉に喋り出したものだから、さすがの魔術師も目を白黒させながらそれぞれの説明をせわしなく聞く羽目はめになった。

「ちょっと静かに! 喋りたい人は挙手きょしゅ!」

 しまいにはキレた。

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