【残049話】断罪の日(3)

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尋問じんもんて……何を……」
「それは言えない。ヴァンプにはヴァンプのやり方がある。だが……レイの尋問は決して甘くはない。カルディナが簡単に口を割ったところを見ると……それなりの事はしたのだろう」

 その言葉に、一気に背筋が寒くなった。思わず自分の体をき抱き、その衝撃に耐え、やり過ごす。

 彼らの言う尋問というものが一体どのように行われるのか知らないが、ロイズハルトの話を聞いている限り、拷問ごうもんに近いのではないかと思った。

 なかなか罪の告白をしない者たちに対して行われる行為。それが生半可なまはんかなものでないことくらい、エルフェリスでも分かる。

 実際に人間社会においても古来から現代に至るまで、捕えたヴァンパイアや罪人に対して尋問や拷問という行為は行われている。

 公開されることはめったにないが、エルフェリスも一度だけその現場を目撃したことがあった。そう、忘れもしない数年前、エルフェリスの住まう村にハイブリッドの群れが襲撃してきたあの時だ。

 村の住人や旅人たちが夜ごと何人も殺され、音もなく忍び寄る黒い影に誰もが追い詰められ疲弊ひへいしていく地獄のような日々を、エルフェリスもまた未熟ながらもハンターたちに交じって戦い、そして運良く生き残った。

 終結の夜はそれまでで一番激しい戦闘が繰り広げられたが、形勢不利な状況から一気に巻き返すと、ゲイル司祭の命令で三人を捕縛ほばく、残りのハイブリッドはすべて皆殺しにされた。

 勝利の歓喜に湧いたのもほんのつかの間。

 ふと我に返った瞬間、村が受けた甚大じんだいな被害と膨大な命が失われたことに、人々は改めて打ちのめされることになる。

 やるせない怒りや絶えることのない悲しみ、脅える子供や無力さを呪う大人たち、様々な感情が夢からめた人々を苦しめた。

 あるいはゲイル司祭も、そのような状況におちいることをあらかじめ予見よけんしていたのかもしれない。

 捕えたハイブリッドの処刑を教会前で行うとの触れがゲイル司祭より出され、数日後、人々で溢れかえる異様な雰囲気の中で、ハイブリッドたちは一人一人、司祭の手によって様々な刑にしょせられ死んでいった。

 今でもその光景は、目の裏にびっとりと張り付いて離れない。

 崩れ落ちる灰。
 太陽に焼かれる体。
 司祭の血を飲まされ燃え上がる炎。

 あれもまた一種の拷問であったことは、エルフェリスも理解していた。そうでもしなければ、村人たちの無念は晴らせない。

 悲しみの根は深く、恨みの種は拾いきれなかった。

 だからそれを、いや、それに近い行為をあのレイフィールが行ったという事実もショックだったが、何よりも当然のようにさらっと言ってのけるロイズハルトがひどく恐ろしかった。それも、仮にも彼のドールであるカルディナに対して。

 エルフェリスはきゅっと下唇を噛み締めた。

「……ロイズは……それで良かったの?」
「なにが?」
「だって……あの女はロイズのドールじゃない。尋問なんて……」

 あんな事件に巻き込まれたというのに、その首謀者しゅぼうしゃかばうだなんておかしな話だと自分でも思ったが、エルフェリスはロイズハルトのカルディナに対する対応を非難した。

 レイフィールなどはロイズハルトのことを、来る者拒まず、などど評していたが、ドールと認めた以上、ロイズハルトとてカルディナを特別な存在として共に生きてきたのだろうし、エルフェリスが入り込む余地もないほどの関係を築き上げてきたのだろう。そのような相手を簡単に尋問にかけてしまえるロイズハルトを非難せずにはいられなかった。

 その間も、ロイズハルトがいぶかしげにエルフェリスを見ているのも分かっていた。なぜ擁護ようごするのだと言わんばかりの表情で。

 それでもエルフェリスにはどうしても受け入れられなかった。カルディナのロイズハルトに対する激しい感情が、エルフェリスに乗り移ってしまったのだろうか。

 分からない。

 だが数瞬の後、ロイズハルトは無言でエルフェリスの頬に手を伸ばすと、その顔をじっと覗き込んだ。

 そして有無を言わさぬあの瞳で、エルフェリスの心をまっすぐに捕らえた。

「カルディナはもうドールじゃない。契約はすぐさま破棄はきした。どんな理由があろうとも、俺の名をかたり、エルを襲わせた事は許されない。それにあの女は誰か死霊使いと通じていた。それなのに、それについてはどんな手を使っても知らないと言い張る。アンデッドは場合によっては我らにとっても脅威きょういとなるんだ。そんなやからとたとえ一度でも通じた者を、ドールだからという理由で容赦ようしゃできるほど今回の事は軽くはないんだ!」

 そう言い切ったロイズハルトに、エルフェリスは何も言い返すことができなくなってしまった。紫暗しあんの瞳に捕えられ、ただただ息を飲む。

 彼の主張がもっともなのは、エルフェリスとて頭の中では理解しているのだ。はじめから。

 本当ならば自分だってカルディナを一発ぶん殴りたい。あの夜も、そして今も、本音をさらしてしまえばこんなものなのだ。

 卑怯ひきょうな手を使ってまで、自分のみならずリーディアをも殺そうとした事、エルフェリスは決して許さない。

 それでも……納得しかねる手段が使われたことには、他に方法が無かったものかと考えてしまうのだ。

 カルディナは、……ロイズハルトを愛していたのに。

 彼の目の前でも行われた尋問という名の行為を、カルディナは一体どのような思いで受けていたのだろう。

 何で。
 何で私まで苦しくなるの?

 ぐるぐる回る自問自答に耐え切れず、頬を包むロイズハルトの手のひらに顔を埋めれば、そんなエルフェリスの心中を察したのか、ロイズハルトはようやく微かに苦笑いを浮かべた。

「とにかく今は早く傷を治す事だけ考えろ。お前が元気になったらカルディナの処分を改めて考える。それでいいな?」
「……カルディナは、まだここにいるのね?」
「ああ。城壁の地下牢獄に幽閉ゆうへいしている。聞きたい事もまだまだあるんだ。それが終わるまでは何もしやしないさ」

 そう言うと、ロイズハルトは再びエルフェリスの髪にその指を絡ませた。そしてしばらく、その感触を楽しむように指に巻き付けてみたり、梳いてみたりを繰り返した。

 だが何を思ったのか、そのまま指は頬を経由けいゆして首筋を辿る。

 その行動をエルフェリスが疑問に思った頃にはもう、ロイズハルトの端正な顔が目の前に迫っていた。

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