十 残 十101話 カウントダウン(5)【恋愛ダークファンタジー小説】

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 見上げる視線の先にある太陽がまた少しだけ、高みに昇った気がした。

 もうどれくらい、ここでこうして戦況を見守っただろうか。

 そんなことを考えながら空を見上げれば、それがほとんど変化を見せていないことを思い知らされる。

 焦りは時間の感覚をも狂わせ、正確な判断を奪う。

 いざという時に一番必要なのは何事にも動じない心と疲労にくっしない身体だと、昔誰かに聞かされたいましめをエルフェリスは思い出していた。

 あれは一体誰の言葉だったっけ。

 片手間かたてまに聞き流していたはずのその言葉が、今になって鮮明せんめいに心に突き刺さる。

 そのような時が訪れようとも、自分だけは冷静に対処できると高をくくっていたあの頃の自分に蹴りでもかましてやりたい気分だった。

 そう思いながら目を閉じて、視界から伝達でんたつされる情報を一旦いったん遮断しゃだんする。

 そうすることで、焦りと不安に押し潰されそうになる自分をリセットしようとした。

 たったこれだけのアクションで何かが変わるとは思っていなかったが、目を開けたら、このヴィーダでの出来事はすべて幻と消えたら良いのに、と、それこそはかない幻のような願いを込めている自分に自嘲じちょうの笑みが漏れた。

 祈ろうが、足掻あがこうが、この状況が変わることはない。

 そんなことはもうとっくに解っていた。

 だからエルフェリスはそっと、まぶたの重さを確かめるようにゆっくりと目を開けた。新たな光を求めて。

 不思議と心は落ち着いていた。

 いつでも二人の助けに入れるように、ワンドを握る手に力を込める。

 相変わらずの劣勢れっせいであることに変わりはなかったが、ヴァンパイアの身体能力の高さには驚きを隠しえなかった。

 ロイズハルトもルイも、同時に数人のハンターを相手に風のように身をひるがえしては、わずかなすきを突いて反撃の魔法を放っている。

 こんな状況でなかったら、恐らくハンターは誰一人彼らを追撃ついげきすることすら敵わなかったのではないだろうか。

 太陽とはそれほどまでにヴァンパイアの能力を奪うものなのかと改めて息を飲んだ。

 そしてそれからゆっくりと周囲を見回す。

 先ほど大地にはりつけにしてきた男たちは、いまだエルフェリスが作り出した強力な重力の支配下に置かれていた。

 あれほど忠告してやったというのに、少しでも早く魔法の効力から逃れようと必死になってもがいている。

 抵抗すればするほど魔法の効力は切れないのだと親切にも教えてやったではないか、となかばエルフェリスは呆れ顔で溜め息を一つ吐いた。

 もちろん本当の親切心からではないけれど、あえて情けをかけてやることでハンターたちのプライドを少し逆撫さかなでしてやれば、彼らは恐らく激昂げきこうして逆の行動を取るであろうことは最初から予想済みだった。

 なまじ人よりも腕に覚えがある反面、ハンターたちの多くが、その腕におとる者からの反撃に対して冷静さを欠く傾向けいこうにあった。

 己の力を過信かしんして、相手を甘く見るのだ。

 物心付いてからハンターたちの群れる環境で生きてきたエルフェリスにとって、彼らの行動や思考パターンは、自身の行動にも関わってくるためおおむ把握はあくしておかなければならない案件であった。

 彼らは単純だから、エルフェリスやゲイル司祭がその分計算して動かないとハイブリッドたちとは到底とうてい安定して戦えない。

 その経験がまさか、ハンター相手の戦闘に役に立つ日が来るとは思ってもみなかったが、そういうことだ。

 甘く見ないで欲しい。

 フン、とエルフェリスは鼻を鳴らした。

 だがとりあえず彼らが解き放たれる時はまだ相当先のことだと踏んだエルフェリスは、次なる脅威きょういとなるのはやはりデストロイの援軍かと一人思案しあんを巡らせる。

 一度その気になればあの男は行動が早い。

 恐らくはエルフェリスの村に駐留ちゅうりゅうしているハンターたちを手早くまとめて、それも万全以上の装備をともなって戻ってくるのだろう。

 カイルの話では、デストロイの帰還は曖昧あいまいに朝方とのことだった。

 それが早朝なのか、それとも昼に近い頃なのか皆目かいもく見当も付かないが、ヴィーダのこの状況に加えて、ゲイル司祭からの手紙に書かれていた事が本当だとしたら、恐らくは早い段階でこのヴィーダの土を再び踏むだろうとエルフェリスは考える。

 シードの城への手掛かり。

 それをデストロイが握っている。そしてそれは恐らくカイルも……。

 デストロイとて決して馬鹿な男ではないから、重要な情報はたとえエルフェリスやゲイル司祭相手でも簡単には漏らさない。同業であるハンターたちに対しても同様に。

 けれど彼が拠点としていたエルフェリスの村を経つ時に、ゲイル司祭にぽろりと零したその言葉は、相当な確信を持った時以外には聞かれない絶対的な自信の表れ。

 確実にシードの居城へと繋がる何かを、デストロイは手に入れたに違いなかった。

 自分一人ならどうにでも、……たとえばエリーゼを引き合いに出してでもその情報を手に入れることはできるかもしれない。

 けれど今は何があってもデストロイと鉢合わせるわけにはいかないのだ。

 シードの最期を、この目で見届けることなどしたくはない。

 だからエルフェリスはいち早く援軍の接近を察知しなければならなかった。

 撤退てったいするにも、デストロイを引き付けるにも、自分が真っ先に動くより他ない。

 耳を澄ましても戦いの音にき消されて、近づく足音を判別することはできそうになかった。

 ならばと思い、エルフェリスは素早く膝を折り両手を地面に付けると、大地に耳を隙間なくぴたっと付けた。

 規則的な振動や、もし増援が馬を駆っているのならその馬蹄ばていが伝わってくるかもしれない、そう思って。

「……」

 目を閉じて、すべての神経を大地に注ぎ込む。

「……」

 不規則な振動は無視した。誰かの上げる雄叫おたけびも。

「……」

 大地に隙間なく手を広げ、耳を澄ます。

 その時。

 聴こえてきたのだ。あの声が。

『……お尻突き出して何やってんの? エル……』

 それは、遠く離れた薔薇の居城にいるであろう小悪魔の声だった。

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