Dream18.眠れるリュイの妻2
「みんな……心配してるのかな」
涙が止まった代わりに、そんな言葉が無意識に口を衝く。
「してんじゃねぇの?」
誰もいないと思っていた背後から声を掛けられて、驚いた私は振り返ると同時に身構えた。
が、そこにいたのは。
「セシルド!」
「泣いてると思って来たら随分勇ましいじゃねぇか、金魚」
ニヤリと笑って、セシルドはその場にどっかり腰を下ろした。
そして私を見上げると、こう言った。
「俺だったら心配するぞ。いきなりお前がいなくなったら。――元の世界に帰ったとしても」
一瞬セシルドが見せた居抜くような瞳に、私はすっかり目を奪われてしまった。
けれど。
「あっそ。ありがと」
ふいと視線を逸らして素っ気なく返事を返した。
それからセシルドの隣に自分もダラッと座り込む。
セシルドはただ黙ってそれを見ていた。
しばらくの間、互いに一言も話さず沈黙が流れたけれど、ちょっとだけ気まずさを感じた私は何か話題はないかと考えて、前から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「アンタさ、なんで神様見たことあんの?」
「なんでって言われてもなぁ。普通に四つの国をあっちこっちウロウロしてるし?」
「え? 徘徊してんの?」
「ああ。姿は魔具使いじゃないと見えねぇらしいけど、あの神意外と活動的だからな~」
セシルドはそう言うと、無邪気な顔でアハハと笑った。
「アンタそうやって笑えば可愛いのにねぇ……」
私の口から本音がポロリ。
すると。
「ああ? やんのか金魚ッ!」
やっぱ前言撤回。
かわいくない!
「でも冗談抜きでさ、魔術師や賢者より神の方が顔は知られてるんだ」
「なんで? 神様って一番上に立つ人じゃん。そんな頻繁に出歩いていいの? しかもあたしが会った時は本当におじいちゃんだったよ?」
「だからレアが言ってたろ? その時々で姿が変わるって。あれを最大限に利用してるんだ。姿がコロコロ変われば敵の目も欺きやすいしな」
「そういうもの?」
「だろ? 逆に賢者や魔術師がまわりをガッチリ固めてるから、賢者や魔術師に何かある方が神としては怖いのさ」
「ふ~ん」
「……信用してねぇだろ」
私としてはなるほどと思って返した返事だったのだが、それがかえって軽く思われたのか、眉をひそめたセシルドにじろりと睨まれてしまった。
「いやいや信用してるよ。少なくともあたしよりは詳しいでしょ。この世界のことは」
最後に付け加えた一行はちょっとした皮肉のつもり。
でも。
「あたしこの世界ではアンタかクライスかリュイに頼るしかないんだもん」
ダラッと伸ばしていた膝を抱え直して、顔をうずめて呟く。
すごく心細い想いをしてるんだぞ、ホントは。そう言わんばかりに。
そんな私をチラリとセシルドが一瞥したのが分かったけれど、膝の間に顔をうずめたまま、小さな溜め息を一つ漏らした。
「仕方ねぇ金魚だな。まああれだ! 神よかよっぽどお前のこと心配してやるから落ち込むな」
なっ、と言う声と共に、丸めた背中をバチンと叩かれた。
じわじわと広がる痛みが熱くて。
「セシルドのクセに生意気」
思わず噴き出してしまった。
一人笑う私を見て、セシルドは少し不満そうな顔をしていたけれど、やがてすくっと立ち上がると、青い空に向かってゆっくり伸びをした。
セシルドの影が太陽を遮る。
「よし、帰るぞ! リュイの奥さん助けるんだからな!」
「うん! ……てか奥さんて……」
セシルドが言うとなんか笑える。
私はまたセシルドの目を盗んで一人こそこそ笑ってしまった。
セシルドと並んで帰った道のりは、やたら長くてやたら短い気がした。
何となく気後れして半歩後ろを歩いてみたり、時おり立ち止まって空を見上げてみたり。
気まずいのか、それともこの時間が心地良いのか。
自分でも良く分からない不思議な感覚に戸惑いさえ感じた。
私が挙動不審な動きを繰り返す度に、セシルドは立ち止まって私が追い付くのを待つ。
「おい金魚しっかり前見て歩け! 危ねぇよオメーは」
そして何度目かにはついにそうやって呆れたんだ。
でもまさか、「アンタの隣は何となく変だから先行っていいよ」なんて言えないし……。
わざわざ来てくれたのには一応感謝してるし……。
……一応……。
「何見てんだよ」
「うわ! べ……別に?」
チラッと盗み見していたのを見透かされて、私は慌てて視線を外した。
ああ焦った焦った。
って別にそんなに慌てることはないはずなのに。
「おかしな金魚だな。大丈夫か?」
「あは、大丈夫だよ大丈夫!」
わざとらしく両手をブンブン振りながら、わざとらしく大口を開けて笑う。
「そっかぁ?」
眉間にシワ寄せて首を捻るセシルドったら変な顔。
――でももっと変なのは私か。
そんな風に思ったら、ほんの小さな笑みが零れて消えていった。
そして、またもや見透かされてるんじゃないかと、セシルドの顔を横目で一瞥する。
が、そんな私に気付いた様子はなくて、何やら機嫌良さそうに鼻歌を口ずさんでいた。
ヘタクソな鼻歌を。
でもそれが何だか心地良く耳に響く。
変なの。