Dream33.すみません、賢者さんちはどこですか
翌朝早く、私達はいつもよりも手早く出立の準備を整えた。
ミルさんはリュイが私達に付いて再び旅立つのを快く了承し、送り出すために、まだ夜も暗いうちから起き出して、馬が潰れそうなくらいの大量のおむすびを握っていてくれた。
「ミル、ありがとう。でも私達はこんなに食べられないから後はミルが食べてください。そうすれば、離れていても私達は同じ食事ができますからね」
隙間のない心遣いを感じるリュイの言葉に、ミルさんの瞳がゆらゆらと揺らめくのを私は見逃さなかった。
大好きな人とまた離ればなれになってしまうのは、どれだけ辛いことなのだろう。
けれど、確かに毎食”あの量”を食べるミルさんでは、旅に同行することはできないだろうから仕方のないことなのかな。
などと少々感傷的になってしまったけれど、自分の分のおむすびを受け取った途端にそんな気分はどこかに吹っ飛んでしまった。
「おっも!」
朝と昼用に一つずつ、とリュイから手渡されたおむすびは、冗談でも何でもなくリアルに顔の大きさ。
馬に乗ったままでも片手でお腹いっぱいになるように、とのミルさんの配慮らしいが……巨大過ぎて鞄に入らない。
何とかして荷物におむすびを詰めようと奮闘している私に構わず、リュイとクライスはミルさんにお礼を告げると、ひとり残るミルさんがまた襲われないよう家とミルさんが管理する広大な畑の周辺をすっぽり覆う結界を改めて張った。
ウィザードとヒーラーの生み出す結界は、いくら力のある夢魔といえども容易には破れないそうだ。
リュイが旅を終えてこの地に戻るその時まで、結界がミルさんを守ってくれるだろう。
そう願ってやまない。
「では、行ってきます。留守を頼みましたよ」
「行ってらっしゃい! 気を付けて。皆さんも……どうぞご無事で……!」
見えなくなるまでずっとずっと見送ってくれたミルさんに別れを告げて、私はクライスの操る白馬に乗って、セシルドとリュイはもう一頭の馬に乗って、南の賢者が暮らすという南の首都を目指す。
南の国の首都はここから目と鼻の先。
今日中には辿り着けるだろうとリュイは言った。
「この国の者はみな鷹揚な気質ですから、賢者も魔術師も普通に住宅地にお住まいのようですよ」
目的地の当てはあるのか問う私に対して、リュイはいつものようににっこり微笑んだ。
「それにしても……賢者の元に着く前に、クライスには昨日の顛末を話しておかなければなりませんね。夜はそれどころではありませんでしたし」
クスクスと笑うリュイの言葉に、昨晩の悪夢が蘇る。
なんとも贅沢な話ではあるのだけれど、ミルさんの超山盛り料理の前に全員文字通り食い倒れ、こうして夜も明けきらないうちから出発する羽目になったのだ。
「リュイって毎日あの量食べてたの?」
「いえ……、私はとても”少食”、ということにしていますので、多分私とミルだけでしたら通常の量で出てきたとは思うんですが……皆さんがいらっしゃったのできっと張り切ってしまったのだと思います。彼女も私と出会う前はずっと一人で生きてきたようでしたので……」
リュイは少しだけ目を伏せると、それっきりミルさんについての話はしなくなった。
きっと、私たちには知り得ない過去があるのだろうけれど、誰もその先を詮索することはなかった。
「二重人格と言っていたな、昨日封印した夢魔は」
少しの沈黙を経てクライスがそう切り出すと、私とリュイは頷いて、セシルドがその先を続ける。
「はい。本体は正直言って夢魔としてはまったく役に立たなそうな気の弱い女でした! ただそいつにとって変わったのが”男の”夢魔で……。夢魔って確か女でしたよね? 男人格が形成されるとか、クライス様は聞いたことあります?」
「いや……無いな。ただ、夢魔の定義って言っても見た目は女ってだけだろ? 男っぽい人格の夢魔がいてもおかしくはなさそうだが……」
「そう思うでしょ! ところがあの夢魔は、体はそのままに人格と声だけが男に変わったんですよ! なっ?」
セシルドが力を込めて私とリュイに同意を求める。
だから私も背後のクライスに対して同じように頷いてみせた。
「めっちゃ男だった! あれは完全に中身おっさんだったよ! 乳付いてるおっさん!」
「おいキラ……。乳付いてるおっさんて……」
「だってほんとだもん!」
体は最初に対峙したあの気弱な夢魔のままだったけれど、その後に現れたおっさん夢魔の人格は、声までもが男のそれだった。
だから違和感を拭えなかったのだ。
人格が入れ替わるだけならば、声帯だってそのままのはずなのだから。
「二重人格の人って私の世界でもいるらしいけど、声まで変わるなんて聞いたこと無いよ! 口調とか声の高い低いが変わるくらいなら分かるけどさ」
「自分が自分でなくなる、周りの夢魔たちもだんだんと変わってしまった……。そう言っていましたね、彼女は」
私の言葉を受けてリュイがそう付け加えると、クライスも握り締めていた手綱から片手を離して、口元に持っていくと「う……ん」と唸った。
「想像でしかないが……つまり夢魔たちは何者かに操られている……? ってことか?」
「可能性はありますね」
「何のために?」
何のために?
そう聞かれてしまうと誰も答えを持ち合わせておらず、口を噤んで全員がそれぞれの思案の海に船を出してしまった。
年嵩であるという南の賢者であれば何か知っているかもしれないと東の魔術師レアは言っていた。
今は、その賢者に望みを託すしかない。