Dream34.すみません、賢者さんちはどこですか2
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早朝から行動したかいあって、日暮れ前に南の首都にたどり着くことができた私たちは、適当なところに宿を取ってから、賢者を探しに街へと繰り出した。
狭い村なら二手に別れて探してもすぐに合流できるのだが、南の国の首都ともなれば広すぎて逆に効率が悪そうだとのことで、私たちは四人揃ってあちらこちらをキョロキョロしながら歩いていた。
立ち並ぶ大きな建物、活気のあるお店、どれを取っても確かにこれまで訪れた場所のどこよりも発展していて、何より雰囲気が明るい。
みんながニコニコ笑いながら暮らしている様は、私が元いた世界でももう見ることが珍しいくらいの風景で、なんだか少しだけ羨ましい。
「すまないが、南の賢者を探している。ご存じないか?」
だから通りすがりのおじさんにも気さくに声を掛けられるってわけ。
クライスが捕まえたおじさんの話によると、賢者はこの辺りではなく、もう少し奥まった辺りの区画に住んでいるらしいことが分かった。
「あのじいさんなら、今の時間は畑にでも行ってるかもなぁ。ま、行ってみてくれ」
おじさんはそんなことをポツリとこぼしながら、手を振って去っていく。
おじさんにお礼を言ってそちらの方へと向かっていると、中心部と比較すれば少々こじんまりとした集落が視界に見えてきた。
小川や畑、公園など、整備された都市部の自然地帯といった感じだ。
「あー……確かにこういうとこにいそうだなぁ……」
子供たちが元気に走り回り、楽しそうに立ち話をするおばさん、畑を耕すおじさん、ゲートボールに勤しむご老人たち。
……めっちゃ日常って感じ。
しかしながらこの中に南の賢者の暮らしている家があるのだ。
四人で注意深く見回していると、反対に周囲の注目がこちらに集まっていることにふと気付く。
井戸端会議をしているおばさんたちは、こちらを見つめたままヒソヒソ話が止まらない。
不思議に思っていると、そんな彼らのことなど気にも止めないように前を向いたままのクライスが「よそ者が珍しいだけだ。狼狽えると怪しまれるから堂々としとけ」と言い放った。
さすが、本物の王子様はこういう時肝が据わってる!
尊敬の眼差しで見上げる私に気付くと、クライスはひとつウインクをしてみせた。
おっと、……心臓がやかましい。
けれど一生懸命平静を装って、言われた通りに前を向く。
ついでにもう一度だけクライスを盗み見ると、彼は余裕の笑みを湛えたまま、あろうことか眉をひそめてこちらを見ていた井戸端軍団の方へと一人向かっていくと、なんとその輪の中に入って談笑を始めてしまった!
王子様の本領発揮といったところか、元来の顔の良さに物腰の柔らかさにスマートな話題の提供が加わって、おばさま方はあっという間にクライスの虜となっていく。
一通りの会話を終えて戻ってくるクライスの背中は、おばちゃんたちから送られてくる大量のハートマークで埋め尽くされているようだった。
「行こう。この先のお宅だそうだ」
クライスの指差す先。
そこには小高い丘を背景として数件の家が並んでいた。
どの家もこの辺りは作りが同じなのか、いかにも賢者が住んでます! というようなお屋敷ではなくて、ラルファールでは良く見る感じの普通の住宅だ。
「なんか……東の魔術師とは違うね」
「ありゃーまた特別だろ」
なんとなく私がポロっとこぼした感想を拾って答えたのはセシルド。
「あんなへんちくりんな家建てる方がおかしいって」
そして思い出したようにプッと噴き出す。
確かに一度見たら絶対忘れないくらいのインパクトある家を首都に建てるのは、相当な変わり者でないと無理だろうな。
などと考えながらクライスの後を付いていくと、小さな庭付きの住宅の前でクライスが立ち止まり、「ここかな?」と呟いた。
そしてそのまま私たちには待つよう指示して、クライスは自ら進んでドアノッカーに手を掛ける。
と。
「うっわ!」
とっさに掴もうとしていたノッカーから手を離してその場から飛び退くクライス。
「ど、どうしたの?」
その様子を見ていた私たちが慌ててクライスの元まで駆け寄ると、クライスが自身の手とドアノッカーを交互に見ながら目をぱちくりさせていた。
「なんかヌルッとした!」
「ええっ?」
あからさまに顔を引きつらせる私とセシルドをよそに、今度はリュイがノッカーに手を伸ばそうとする。
「わあ、やめなよリュイ!」
リュイまでヌルッとするのは嫌だよ!
と叫びそうになる心と口をグッと押さえてリュイの動向を恐る恐る見守れば、リュイは少しだけ拍子抜けしたような顔をした後、普通にコンコンと二回ノックをした。
「あ……あれ?」
「? 何ともないですよ?」
ビックリして慌てるリュイを見られるかもとどこかで期待していた私も、ちょっと肩透かしを食らったように瞬きをすると、リュイが苦笑して答えた。
そしてもう一度ノックをしようと手を引く。
すると。
「はーい、どちらさまー?」
中から返答があった。
しばらく待っていると、ガチャっとドアが開く。
そこから顔を覗かせたのは、絵本やアニメに出てきそうななんとも可愛らしいおばあちゃん。
福々とした微笑みは、こちらの口角まで上げてしまうようだ。
「あらまあ、こんにちは。失礼だけどどちら様かしら」
おばあちゃんはそう言うと、私たち一人一人の顔を見回して、もう一度にっこりと微笑んだ。
「突然申し訳ありません。南の賢者であられるマイラックさんのお宅はこちらだとご近所の方から伺いまして……」
「ああ、あなた方がそうなのね! 主人から聞いておりますよ。もうすぐ誰か訪ねて来るだろうからってね」
おばあちゃんは驚く私たちを楽しそうに見つめながら会釈をすると、室内を振り返り、大きな声で「おじいさーん! お客様いらっしゃったわよー!」と叫ぶ。
そしてそれから私たちを中へ招き入れると、小さな応接間のような部屋へと案内してくれた。
と言っても普通の家のリビングのような感じで、特別すごい内装や家具があるわけでもない。
おばあちゃんに勧められるまま長テーブルに備え付けられた椅子に四人揃って腰掛けると、おばあちゃんは「お茶の用意をしてきますねー」とだけ告げて部屋を出て行ってしまった。
「……なんかあれだな。やはり東の魔術師が言ってたように、南の賢者はものすごい人なのかもしれないな」
いつになく緊張しているのかクライスがポツリと呟くと、リュイも間髪置かずに頷いた。
「私たちが訪ねてくることも察知されていたようですしね。こんな風にいきなり訪問してしまって良かったのでしょうか……」
「ってももう来ちまったしなぁ」
「だ……大丈夫ですよね……」
「気難しいとは聞いてないよな……」
急に非礼が気になってアワアワし出した私たちを追い詰めるように、こちらへと向かってくる足音が聞こえてきたものだから、余計に全員の挙動がおかしくなっていく。
ソワソワしながらもきちんと座り直すリュイ。
背筋を伸ばして何度も深呼吸を繰り返すクライス。
意味もなくキョロキョロ周囲を見回すセシルド。
そしてそんな三人を順番に見比べては笑いそうになってる私。
足音が、近付いてくる。
足音が、近付いてくる。
ドアが開く。
けれど。
開いたのはドアだけで、入って来る者も、そこに立っている者ですらも、誰もいない。
足音もドアが開いたと同時にしなくなったところを見ても、誰かそこにいてもいいはずなのに、誰もいないのだ。
「え……? なになになに? 怖いんだけど!」
思わず椅子から立ち上がり、周囲を見回してから隣のセシルドにしがみつくと、セシルドもわずかばかり声を上擦らせながら「はは、は……。か、からかってんだろ」と身を固くする。
「ちょ……ちょっとリュイ見てきてよぉ」
「わ、私ですか!」
急に怖くなってきてリュイに泣きつくと、リュイもやや気圧されている様子。
それでも律儀に見に行こうと立ち上がってくれる辺りは、一番か弱そうに見えても男らしい。
ずい、ずいっと確かめるように歩を進め、やがてドアまでたどり着いたリュイがキョロキョロと周囲を探る。
けれど次の瞬間にはいつもの様子でこちらを振り返ると、ほっと一息吐いてから「私たちの思い過ごしのようですね」と微笑んだ。
「さて、びっくりしてしまいましたが大人しく賢者様を待ちましょうか」
そう言って、また再び自らの席へと向かうリュイ。
けれど席に腰掛けようと少し身を屈めたところで「うわっ!」と叫び声を上げてそこから飛び退いた。
「ななななに? 今度は何っ?」
またもや驚き、セシルドにしがみつく私。
するとリュイは驚きで目をまんまるくしたまま少しだけ思案すると、あっと口を開いて、そして椅子に向かって手を伸ばした。
何をするのだろうと注目する私たち。
リュイの手が、椅子の背もたれよりもわずかにずれたところで止まる。
「賢者様、もうこちらにいらっしゃってたのですね」
誰もいない椅子の背に向けて、リュイがとびきりの笑顔でそう言った。