Dream37.キラとクライス
その日の夜は、マイラック賢者とおばあちゃんのご厚意もあり一晩泊めてもらうことになった。
おばあちゃんのお料理は素朴でとても優しくて、なんだか郷愁を誘う味。
急に心細くなって一人外に出て夜空を仰ぎ見れば、そこには今にも降り注いで来そうなほどの星々が瞬いていた。
ここから見える星は、元の世界と同じなのだろうか……。
足元の小石を蹴っ飛ばして、また夜空を見上げる。
みんな、元気でいるのかな……。
クロは、アホ面晒して散歩してるのかな……。
「会いたいな……」
いつの間にか下がった視界がぼやけていく。
気にしないフリしてここまで来たけれど、やっぱりここは自分のいるべき世界ではない。
どんなに喧嘩に巻き込まれようが、殺伐としていようが、元の世界が自分のいるべき世界なのだ。
それなのに、こんなところに連れてこられて、おまけに夢魔の親玉には狙われる身。
「なんで私なの?」
その場にしゃがみ込んで、膝の間に顔を埋める。
そうすれば、背後から突然の温もりに包まれた。
「風邪引くぞ。一人でいたら心配するだろ?」
声のする方へと伏せていた顔を上げてみれば、そこには柔らかな笑みを浮かべるクライスが立っていた。
「南の国と言えども夜は冷える。それ掛けとけ」
クライスが顎で私の肩を指し示す。
急に暖かくなったと思ったら、部屋に置いたままだった私のケープを羽織らせてくれていたのだった。
最初に出会った頃にクライスが買ってくれたワイン色のケープ。
「へへ……。南の国も寒くなるんだね」
照れ笑いを隠してそそくさケープを羽織り直すと、クライスも私の隣に同じようにしてしゃがみ込んだ。
「南の国も昼間は暖かいが、日が沈むと急に冷えてくるからな」
「ありがと」
さりげないクライスの優しさには、本当にいつも助けられている。
彼がいなかったら、きっとこんな風にここまで旅をすることなんてできなかっただろう。
いくら途中からリュイが合流したとしても、セシルドと二人きりなんてマジで無理だもん!
「クライスってさ、王子様じゃん? 嫌だなって思ったこと……無いの?」
「どうした? いきなり」
「私はさ、普通の女子高生だったんだよ。毎日朝起きて、学校行って、帰って来て。その繰り返し。旅をして、夢魔と戦ってなんて今の生活とは全然違う世界で生きてきたのにさ、いきなりブレイブとかいう変な力を持ってるとか言われてさ、おまけに夢魔には狙われてさ、なんで私なのかなって……」
胸の奥につっかえていたわだかまりを一つ吐き出すごとに目線は下がっていき、声も小さくなる。
けれどもクライスは、隣で静かに私の愚痴を聞いてくれた。
「王子と言っても三番目なんて、もういてもいなくても同じようなものだしな。兄上たちに比べたら自由だし、西の国の住民もわりとおおらかなんだ。だからプレッシャーとかそういうのとは無縁なまま来た。その代わり、ウィザードなんて変な能力を持っちまったが……キラと旅をするのは楽しいからな。悪くないと思ってる」
ショボくれる私の顔を見ないように配慮してくれてるのか、クライスはしゃがんだまま星空を見つめている。
「それに……必ず打ち勝てるという希望を持っている者じゃないと、この世界に呼び寄せることはできないと聞く。そしてキラはここへ来た。ブレイブは元々、この世界の者からは誕生しないと言われているんだ。歴史にはブレイブの存在を記述したものもいくつか見受けられるが、そのどれもが役目を果たした後にこの世界から姿を消したとある。だから全員、元の世界へと帰って行ったと信じられている。――キラ。お前もきっと、自分の世界へ帰れる。……必ず」
揺るぎのない瞳で真っ直ぐに私を見つめるクライスの笑顔は、穴ぼこだらけになりかけた私の心を星屑で埋めてくれるようだった。
必ず帰れる。
その言葉が何よりも、今の私には大切で、信じられるものであることを願ってやまない。
「だからもう中に入ろう。明日も早いぞ」
「えー。ここ居心地良かったのになぁ」
クライスとの会話ですっきりしたのか、立ち上がる時にはもうさっきまでの憂鬱さはどこかへふっ飛んで、体が軽く感じた。
悩んだって、いじけたって、元の世界に帰れるわけではないのだから。
せめて明るく元気に乗り越えていくしかないんだ。
よね?
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