短剣と夜想曲38話 西の国へ【異世界転移ファンタジー小説】

Dream38.西の





 翌朝、おばあちゃ んが用意してくれた朝食をゆっくり食べ、昼前に出立の準備を整えた私たちは、ひとり馬の準備をしていたセシルドを待ち、賢者様宅の玄関先に集合していた。

 次の行き先はクライスの故郷、西の国。

 ここからは馬でも十日ほど掛かるという長旅だ。

 マイラック賢者は魔術師のように転移転送の能力を持たないから、馬で行くしかない。

 南の魔術師の元へと行ってみようかという話にもなったものの、南の魔術師宅はここからだと数日掛かる別の街だというから、それならば大人しく真っ直ぐ西の国へ向かうことに決定した。

 それに、マイラック賢者の予言。

 ――西の国で重大な出会いあり。

 賢者様のこの予言にともなって西の国行きを決めたのだ。

 誰かの力を借りるのではなく、自らの目で見てその出会いを迎えたい。

 私たちの意見はそう一致したのだった。

「お主ら、四人もおるのに馬は二頭なのか?」
「はい。元はクライス様と俺の二人で旅をしていたので……」

 賢者様の問いにセシルドが簡潔かんけつに答えると「お主は馬には乗れるのか?」とリュイに向けて尋ねた。

「はい、私も旅をする身ですので……」
「うむ。ならばここから一頭連れていくが良い」
「! 良いのですか?」

 マイラック賢者の申し出に、クライスが目を見開く。

「良い良い。荷物と大人二人を乗せたまま何日も何日も歩かされたら馬も可哀想じゃ。向こうにわしの馬屋があるから、好きな馬を選ぶが良い」

 賢者様の指差す先に、五頭ほどの馬の繋がれている馬屋が見える。

「それと、リュイ」
「はい」
「わしの力を少しお主の竪琴たてごとに分けてやろう。魔術師のような派手な力ではないが、きっと役に立つ」

 マイラック賢者はそう言うと、リュイに竪琴を出すように指示した。

 自身の魔具に賢者の力を付与ふよされるという名誉にひとしきりの感謝を込めて、リュイはマイラックに竪琴を差し出す。

「良い竪琴じゃ。これならよりみんな元気になれる」

 賢者様が触れるやいなや、リュイの竪琴が目映まばゆく輝きを放った。

「わしの力など小さい。これくらいしかしてやれん。もし、馬たちが疲れを見せたなら、この竪琴を一弾きしてやると良い。疲労を癒し、足を軽くしてくれる。もちろん人間にも有効じゃぞ」

 福の神のような顔で微笑んで竪琴をリュイに返すと、賢者様は「じゃあの」と一言だけ告げると、そのまま自宅へと戻って行った。

 その背に向けて頭を下げるクライスとリュイ。

「よし、それじゃあ行こうか」

 クライスの号令に、全員が頷いた。

 ありがたく賢者様の馬屋から一頭を選び、リュイが単独でまたががる。

 つやつやの薄茶の毛並みにつぶらな瞳がとても優しいその馬は、まるでリュイのよう。

「よろしくお願いしますね」

 馬上で手綱たづなを握ったままリュイが馬の首筋を一撫ですると、言葉が通じたかのように馬がいなないた。

 こうして馬三頭となった私たち一行は、西の国を目指して再びの旅路たびじへと出発したのだった。

「西の国へは初めて訪れます。どういった国なのですか?」

 ゆっくりゆっくり進む馬たちの背に揺られ、リュイがクライスに尋ねると、その隣で馬を進めていたセシルドがふいにクライスの方へと視線を走らせた。

 珍しく、答えを躊躇ためらっているのかクライスは少しだけ口ごもった後、いつもよりも少しだけトーンダウンした口調で喋り始める。

「西の国は……そうだな、民衆はおおらかで働き者が多い。気候も過ごしやすいし良い国だとは思う……」

 なんとなく歯切れの悪いクライスに、私は手綱を握る彼の手を見つめながら一人首を傾げ、リュイもまた何か変なことを聞いてしまったのかと不安げな表情を見せている。

 ただ一人、セシルドだけが真っ直ぐ前を向いたまま、静かに馬を進めていた。

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