短剣と夜想曲39話 川で洗濯してたら女子を拾った【異世界転移ファンタジー小説】

Dream39.川で洗濯したら女子を拾った




 南のマイラック賢者様の家をつこと早八日。

 私たちはようやく南の国と西の国をへだてる国境を越え、少しひらけた場所を探してキャンプを張ることにした。

 夕暮れまでにはまだ数時間ほどあったが、この先はしばらく岩稜がんりょう地帯の続く山道で、明るいうちに通り抜けるのは難しいとの判断から、少し早いけれど休息も兼ねて休むことにしたのだった。

 いくら賢者様から疲労回復の魔法を分けてもらったからといって、馬たちも歩き詰めで大変だったろうし。

 すぐ近くには小川が流れており、水質も申し分なかったから、他のみんながキャンプの設営をしてくれてる間に私は一人、みんなの洗濯物(下着は無理)を抱えて川に向かう。

「どっこいしょ、っと」

 洗濯物も置きやすくて、水面にも手を入れやすそうな高さの岩を見つけると、さっそく腰を下ろしてザブザブお洗濯開始。

 と言っても洗剤なんて無いから、よーく水にさらして絞るだけなんだけど、四人分あるから意外と大変。

「あー、しんど。神様に洗濯機お願いしようかなぁ……。持ち運びできる洗濯機とかないかなぁ」

 などと冗談半分で独り言を呟く。

 すると、何気なしに視線を川の上流に向けたその時。

 どんぶらどんぶら、木製のボートが流れに乗ってこちらに向かってくるのが目に入った。

 ボートが通過するのを待って洗濯を再開しようとした私は、岩の上で腰を下ろしたままボートの軌跡きせきを目で追う。

 どんぶらどんぶら、ゆったりとした流れの中を、ボートが近付いてくる。

 どんぶら、どんぶら。

「……ってヲヲ!」

 無人だとばかり思っていたボートの中に、何か見えたような気がして慌てて立ち上がる。

 そして今まさに目の前を通過しようとしているボートの中に人の姿を確認して、思わず叫んだ。

「ええっ、ちょっと待って! 嘘でしょ!」

 ボートの中、私より少しだけ年上と思われる女の子が眠っていた。

 両手をお腹の上で組んで、安らかに眠っているのかと思えば、苦しげに眉をひそめている。

「え、え、え、……もしかしてとり憑かれてる人!」

 どっちにしてもこのまま流されて行くのを黙って見過ごすわけにもいかなくなって、私は急いで周囲を見回すと、ちょうど良い感じの長い枝を見つけたからすぐさま拾ってボートを追った。

 ボートまでの距離は、枝が届くか届かないかギリギリ。

 でも川って見た目より深さがあったりするから安易よういには入れない。

 仕方なく私は根気よくボートと水面を枝で叩きながらこちらへボートを手繰たぐり寄せるよう奮闘ふんとう

 なんとかボートのへりに手を掛け、女の子のかたわらに落ちていたロープでボートとその辺の木をくくり付けることに成功した。

 これでロープが切れない限りはボートが流されることはない。

「はぁ……何でこんなことに……」

 早めの休息どころか予想外の重労働をいられ、額から汗が流れ落ちてくる。

 それでも片手で汗を拭いながらボートに乗り移り、女の子を介抱かいほうするために顔を覗き込んだその時。

「……っうわっ?」

 突然女の子の全身から黒い触手のような物が飛び出してきて、私の身体に絡み付いてきた。

「なになに! 何これっ!」

 もがいてももがいても黒い触手は次から次へと蜘蛛くもの糸でぐるぐる巻きにするように巻き付いてくる。

 視界もふさがれ、もはや自分が上を向いているのか下を向いているのかさえ分からない。

 分かったのは、何か自分の身体から”自分”が無理やり引っ張り出される感覚。

 こんなことなら、洗濯手伝ってくれようとしたリュイの申し出を断らなきゃ良かった。

「あーーッ!」

 あまりの衝撃に思わず絶叫する私。

 次の瞬間、黒い触手は蜘蛛の子を散らすように霧散むさんし、私はそのまま地面に叩き付けられた。

 と言ってもたいした高さでなかったことが幸いして、ちょっと打ち付けた腕がしびれるくらいで済んだ。

「いったー……。……ってここどこよ」

 ほんのわずか視界を奪われていただけなのに、さっきまでとはまるで別の景色が広がっていた。

 いや、景色というより、無。

 何もない、無の世界。

「え……嘘でしょ……。何ここ……あの子の夢の世界?」

 誰もいない。

 景色もない。

 色もない。

 完全な無の中で、それでも声が震えないように一生懸命お腹に力を入れる私だったけど、やっぱり声は震えていた。

 だって誰も、クライスもセシルドもリュイも、馬たちでさえ私が川から”ここ”に来てしまったことを知らないのだ。

 完全なる行方不明者の仲間入り……。

「やだやだ! こんなとこで一人なんてやだ! あの女の子は? どこにいるんだろう!」

 何か喋ってないと不安で、私はひとりぼっちだというにもかかわらず、次から次へと途切れないように言葉をつむぐ。

「どっかにいるよね。あれは絶対とり憑かれてたもん!」

「こっちかな? 真っ白な世界だからどこ歩いてるのか分からないや」

「これ進んでる? なんか目印になる物ないかなぁ」

「そういや夢魔! 夢魔どこ行った? だいたい今頃仁王立におうだちで、あーはははっとか言いながら出てくるのに!」

 などといった感じに。

 でも、誰も返事してくれないし、夢魔も出てこない。

「……何なの……」

 私の心を繋ぎ止めていた感情のロープは今にも千切れそうだった。

 ぺたりとその場にへたり込んで、がっくりと項垂うなだれる私。

 その時だった。

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