やはりこの男もまだエリーゼを諦めてないのかと、相変わらずの執着の深さに、エルフェリスはそれまでの固い表情を崩して思わず苦笑してしまった。どうしたらそこまで誰かを一途に想い続けられるものなのだろうか。
私には理解できない、と。
「で? 三者会議はいつに決まったんだ?」
「次の新月の晩に迎えが来る手筈になってるから、会議自体はそれから一週間以内……ってところじゃないかな」
「慣例だな。迎えはもちろんハイブリッドが来るんだろ?」
「当たり前でしょ? こんな時期にシードが易々と出向いてくるわけがない。誰かさんみたいなハンターだって目を光らせてるでしょうしね」
皮肉をたっぷり込めたセリフとともにデストロイの表情を窺えば、彼もまた意味有り気な色を瞳に浮かべ、エルフェリスを不敵に見つめていた。名高きヴァンパイアハンターの眼をして。
「毎日どこかで誰かが喰い殺されてる現実を考えれば、俺たちハンターがどこでどのヴァンプを狩ったって文句は言えねぇな。……まぁ、会議前だし、自重はするがな?」
「絶滅寸前のシード相手でも?」
「もちろんだ。それこそ俺たちには関係ねぇよ。シードがいなくなりゃ、これ以上人間からヴァンプになるやつは生まれない。ハイブリッドだってやがては衰退していくだろう。そうすれば、俺たち人間は人間として生きていける。――何が悪い?」
何が悪い。そう言われてしまえば、人間であるエルフェリスは何も言えなくなる。
神聖魔法使いであったとしても、所詮は自分も人間だ。人間の血を糧とするヴァンパイア、特にシードヴァンパイアと呼ばれる上位種にとっては、神聖魔法を操る聖職者であってもわずかながらの抵抗力を持っただけのただの獲物にすぎない。一つ行動を誤れば、明日には物言わぬ骸となっているかもしれない。冷たい土の上で。
「何が悪い……か」
デストロイに聞こえないように、口の中から声を漏らさないように、小さく小さく呟いてエルフェリスは嗤った。
シードヴァンパイア。
そう。それは吸血した相手をヴァンパイアに変える特殊能力を持った魔物。人間と同時に生まれ、人間を喰らい、絶えず人間と対立しながらそれでも生き長らえてきた太古の悪魔たちだ。
シードによってその身を変えられたヴァンパイアはハイブリッドと呼ばれ、彼らを蔑む表現としてしばしば劣化種などという言葉も聞かれた。
ハイブリッドヴァンパイアは総じて人間をヴァンパイアに変える能力を持たず、シードとしての絶対的な条件であるその能力を持たない彼らはどうあがいてもシードには敵わない。永遠の命と吸血行為という点だけは共通していると言われているが、シードという超えられない上位種がいる以上、彼らは能力的に劣っている従属ヴァンパイアであり続けなければならなかった。
「シードがいなくなった後の世界は……どうなるんだろうね?」
「……さぁな」
何の感情も込めずエルフェリスがぽつりと呟いた疑問に対して、デストロイの返答は実に素っ気なかった。
当然だ。先の事など、誰にも分かりはしない。
そんなことはエルフェリスにもよく解っていた。解ってはいたけれど、どうしても聞いてみたくなった。
デストロイにとって、シードヴァンパイアの絶滅は単なる通過点に過ぎないにしても、ヴァンパイア自体の根絶に並々ならぬ闘志を燃やすこの男には恐らく、その次の明確なヴィジョンが存在しているはずだからだ。
たとえシードの絶滅に成功したとしても、ハイブリッドはこれからいくらでも数を増やせる。子孫を残せばいいのだから。
だが一方のシードは、両親共にシードでなくてはならない。どちらかがシードであっても、片親がハイブリッドでは生まれる子はハイブリッドとなってしまう。シードが絶滅への道を歩まねばならないのも、ハンターの存在以前にそこに要因があるのだろう。
ただでさえハンターたちの乱獲により数が激減した上に、最近では女のシードはすでに死に絶えたのではとの説が有力視されている。
今、ここに生きているすべての者たちが、大きな分岐点に立たされているのかもしれない。
生きるか死ぬか、それは神のみぞ知る。
「後のことは、シードが本当に死滅してから考えればいい。今は……シードを殺し尽くす策を考える方が先決だね。あれだけ狩ってもエリーゼを知るシードには出会わなかった。全部狩り切るまで……俺はエリーゼを諦めない!」
「……あんたもしつこいね」
ふと思案の海から現実に引き戻されたところで、ぽろっと零れた本音にエルフェリスは思わず肩を竦めて苦笑した。
もっと崇高な目的を持っての宣言ならば高潔な人物ともてはやされただろうに、デストロイの執着は何年の歳月が過ぎ去ろうともぶれてはいなかった。
エリーゼだけを求めて、エリーゼのために血塗れになる。エリーゼのためだけに修羅となった男……デストロイ。
けれどこんな自分よりもデストロイの方がよっぽど人間らしいのかもしれないとエルフェリスは思うのだ。自分はそこまでエリーゼを想ってはいないと……。
エルフェリスはわずかに顔を伏せると、その顔にふっと自嘲の笑みを浮かべた。
そんなエルフェリスには目もくれず、デストロイはもたれかかっていた壁から背を浮かせると、おもむろに歩き出し、教会の外へと繋がる扉に手を掛けた。
そして何かに誘われるように扉から一歩踏み出し、飽きもせず雨を降らせ続ける空を仰いだ。
冷たい雨はすぐさまデストロイの身体を濡らし、吸収しきれなくなった水滴が次から次へと衣服から零れ落ちた。
雨に濡れていく。
「とにかく健闘を祈ってるぜ、エルフェリス」
何も言わずに自分を見つめるエルフェリスに向かってたった一言そう告げると、デストロイは激しい雨の中、地面に溜まった雨水を撥ね上げながらゆっくりと、自身が濡れるのもいとわずにふもとの村へと消えて行った。
雨に濡れていく。
雨に濡れていく。
――泣いているんだ、あの男。
この雨のようにずっと。
心の中で激しく泣き続けているんだ。
そう思った。