【残030話】手がかりと甘い罠(3)

 エルフェリスたちの視線が一斉に部屋の入り口へと向けられる。入ってきた男はいきなり注目を浴びたことに対して少々驚いたようだったが、何かを悟ったのかすぐに口元を緩めた。

「なんだ? 揃いに揃って……。俺も混ぜろ」

 そう言ってにやりと笑った男は、言わずもがなロイズハルトだった。

 いつもより少し雰囲気が違って見えるのは、普段は割りときっちりしている服や髪がルーズに乱れているからだろうか。夜の闇をまとうかのような彼はひどく美しく、ひどく色香いろかに満ちていた。

 そんなロイズハルトに目を奪われたまま、エルフェリスはまるで金縛りにでもあったかのような錯覚に陥っていた。瞬きさえも忘れて、ロイズハルトの姿をこの瞳に焼き付けようと暴走する思考と体をコントロールできずに困惑する。

 これがヴァンパイアという者の持つ魔性なのだろうか。これが人間を惑わす美しい悪魔の姿なのだろうか。ともすれば呼吸さえも容易に奪われてしまいそうになる。

 だが、目を逸らすにはあまりにも惜しい。この姿をもっと目に焼き付けろ。この姿をもっと心に刻み込め。次から次へと湧き上がる欲望のともしびを一つ一つ噛み潰しながら、己の感情に戸惑う。

 エルフェリスはその時、ロイズハルトに見惚みとれているただの“女”に過ぎなかった。

「今からロイズの悪口言おうとしてたところ」
「ほう。ならなおさら混ぜろ。内容によっては殺してやる」

 意地の悪い笑みでそう言うデューンヴァイスに、ロイズハルトも負けじと対抗した。

 そして彼もまた、荒れた床の上に躊躇ためらいもなく腰を下ろした。まさにエルフェリスの隣。腕が触れそうなほどすぐ近くに。また別の意味でエルフェリスの体が硬直する。

 それを見逃さなかったデューンヴァイスは一瞬眉をひそめた後、すぐに何かを思い付いたのか、悪戯に目を細めてにやっと笑った。

「それにしてもお前、今日はまた一段とセクシーだねぇ。……イッてきたの?」
「ふん、バーカ。そんな気にならなかったんだよ」
「へぇ、珍しい。どうしたんだ? 病気か?」
「人を変態みたいな言い方すんな」
「一緒だろ?」

 ロイズハルトをからかって楽しんでいるデューンヴァイスと、挑発をうまく交わしながらも内容を否定しないロイズハルト。よくもまあ仮にもうら若き乙女であり聖職者でもある自分を前にしてそのような会話ができるものだとエルフェリスは心底呆れてしまったのだが、そうだった。

 デューンヴァイスいわく、“ヴァンプはみんなエロ”。

 肝に銘じておかなければと思いつつも、何だが今は二人の顔が直視できない。

「二人ともそれくらいにしときなよ~。エル赤くなっちゃってるよ」

 レイフィールの指摘を受けて、ロイズハルトとデューンヴァイスの視線が同時にエルフェリスを捉えた。その瞬間、エルフェリスは思わず肩を小さく跳ねさせる。

 ただでさえ気まずい会話を気まずくならないように無視していたのに、レイフィールってば余計なことを、などと恨めしく思っても、表舞台に引き摺り出されてしまってはもうどうしようもなかった。にやにやしながら出方を待つヴァンパイアたちの視線から逃れるように、エルフェリスは慌てて否定しながら首と両手のひらをぶんぶんと乱暴に振った。

「赤くなんかなってないよ!」
「いんや、赤いね」
「赤いな。可愛いところあるじゃないか、エル」

 二人はそう言うと、同じような顔をしてにやりと白い牙をちらつかせた。

 そんな風に言うから赤くなるのではないかと苦言を言いたくもなったが、それだと自ら認めたようで少し悔しい。だから私は認めない、とエルフェリスは口をへの字に曲げて、かなり脱線した話を元に戻すべく口を開いた。

「そんなことよりも! 早く話してよデューン! 朝になっちゃうじゃない」

 ほんのわずかながら明るくなり始めた空が、夜明けの近さを知らせていた。

「あ、ヤベ」

 それに気付いたデューンヴァイスはすくっと立ち上がると、窓際の分厚い黒のカーテンを端から順に素早く引いていった。

 この居城内のガラスには、すべて光を通さない特殊加工が施されているのだとリーディアから聞いたことはあったが、それでもヴァンパイアたちは必要以上に太陽を恐れていた。己の身を灰に変えるあの太陽を……。

「太陽って気持ちいいのになぁ……一度浴びてみれば?」

 エルフェリスがわざとらしくそう言ってみせると、三人は口を揃えて「殺す気かっ」と叫んだ。

 普段はヴァンパイアの頂点に立つ者たちなのに、その時ばかりは何か必死な感じがおもしろくてエルフェリスの顔も思わず緩む。

 けれどのん気に笑っている場合ではなかった。エリーゼの事を……聞かなければならない時がやってきたのだ。

 突如その表情を引き締めたデューンヴァイスも同じように思っていたのか、再びエルフェリスの向かいにどっかりと腰を下ろす。その瞬間に、再び場の空気ががらりと変わった。

「おい、……何の会合だ? これは」

 いつにないデューンヴァイスの真面目な顔を目の当たりにして驚いているのか、ロイズハルトもいぶかしげにそう尋ねる。けれどデューンヴァイスはその問い掛けにすぐ答えるようなことはしなかった。変わりに無言のまま、エルフェリスの方をちらりと見やる。

 ああ、そうか、とエルフェリスは納得した。ロイズハルトも知らないのだ、と。

 大きく息を吸って吐く。それからデューンヴァイスを見返すと、エルフェリスは唇を噛み締めてゆっくりと首を縦に動かした。

 覚悟を決めたと言うには大袈裟かもしれないが、長い間、エルフェリスをはじめとする村の誰もが知りたくて知り得なかったエリーゼの消息が、この時をもって少しでも判明するかもしれないのだ。部屋中に聞こえてしまうのではないかと思うほどに、心臓がどくどくやかましい。

「じゃぁ……単刀直入に聞くけど、エ……エリーゼに心当たりあるの?」

 気を抜けば震えてしまいそうな声に力を込めて、エルフェリスはデューンヴァイスに問い掛けた。

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