【残032話】手がかりと甘い罠(5)

「今……何て言った?」
「え? 十字架のネックレスだよ。クリスタル製かなぁ……ドールが十字架身に着けてるのなんて初めて見たからさぁ、不思議で、ねぇ?」

 それがどうしたの、とレイフィールは屈託くったくの無い笑顔を見せたが、エルフェリスは逆に、身体全体から血の気が引いていくのを感じていた。無意識に、神の名を小さく口走る。

「エル?」

 みるみるうちに青ざめていくエルフェリスに気付いたのだろうか、ロイズハルトとデューンヴァイスも不審そうな目でその名を呼んだ。だが、エルフェリスは答えない。答えない代わりに、エルフェリスはゆっくりと首元に手を伸ばし、そしてごくりと唾を飲み込んだ。

 手が震えた。体が震えた。

 けれどそんなことはどうでもいい。エルフェリスには確認しなければならないことがあった。

 冷たく湿った首筋。そこから下げた銀の鎖に指を絡ませて、その先を辿る。

「もしかして……その十字架って……これ?」

 そして引き上げたものを三人のシードに見せた。少し大きめのクリスタル製の十字架が、部屋の明かりを反射してきらっと輝く。

 それはエルフェリスとエリーゼを繋ぐ唯一の証でもあった。なぜならば、そのネックレスはエリーゼが自身と、大切なエルフェリスのためにわざわざあつらえた代物だったからだ。

 教会を訪れる巡礼者はしばしば寄付や寄贈の名目で金品を置いていくことも珍しくなかったのだが、エリーゼに至っては、その美貌に魅せられた男たちがこぞって贈り物を別に用意してくることも多々あった。だがエリーゼはそれらをかたくなに受け取らずにいたのだが、一度だけ、細工師の若者がどうしてもと差し出した水晶の原石を、代金を支払うことを条件に受け取ったことがあった。

 エリーゼは買い取った原石を再び細工師に託し、この石を使って同じ十字架のネックレスを二つ作ってほしいと依頼した。エリーゼの身に着ける物を作れると知った若者は飛び上がって喜び、数日の後、見事な細工を施したネックレスを二つ、作り上げてみせたのだ。

 エルフェリスの持つこのネックレスはその時に作られたうちの片割れ。もしそのドールが持っていたとされる物がこれと同じ物ならば、それは間違いなくエリーゼだ。

「どう?」

 震える両手で、十字のネックレスを差し出した。銀の鎖が指の隙間からシャラリと零れ落ち、ゆらゆらと揺れている中を、レイフィールをはじめとするシードの三人がゆっくりと覗き込む。

 ほんのわずかな沈黙さえ、エルフェリスには永遠に思えた。

「……どうだ? レイ」

 静寂を切り裂くロイズハルトの声が鼓膜を刺激する。

 ああ、どうか神よ……。

 宙を彷徨うエルフェリスの心に、複雑な感情が生まれては消えていく。

「うーん……」

 ああどうか……。

「似てるけど……同じ物とは断言できないね。そのドールがここにいれば確認もできるけど、記憶なんて曖昧なものだしさ」

 じっと食い入るように十字架を見ていたレイフィールだったが、小さく溜め息を吐いた後、緩く首を振った。それと同時にエルフェリスはゆっくりと目を閉じて、そして胸に溜まった緊張をすべて押し出すかのように長く、そして静かに息を吐き出した。

「そっか……ありがと……」

 体中の力が一気に抜けていく感覚に、眩暈めまいすら覚える。

「ごめんね、ちゃんと覚えてなくて……」

 申し訳なさそうな顔をするレイフィールに、精一杯のお礼を言うことしかエルフェリスにはできなかった。謝る必要など無いのだと、笑いながら。

 正直、期待した分、落胆の度合いもかなり大きかったのは否めない。そのドールがエリーゼである可能性は高いけれど、エリーゼであるとは断定できなかった。それでも姉の行方についての手掛りを手に入れたことは、ずっと長い間行方を捜してくずぶっていたエルフェリスにとって大きな意味を成したであろう。

 あとはこの城をべる一人でもあるルイという男に会って、直接確かめれば良い。そしていつか目の前に現れるであろうそのドールを、この目で確かめれば良い。

 絶望するのも喜びに浸るのもそれからで十分だと、エルフェリスは決意を新たにしていた。

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