苦しい……。
誰か助けテ……?
私はここにいるのに……。
あア……ロイズ様。
助けて下サ……イ……。
「ねえリーディア。こいつらいつの間に紛れ込んだのかなぁ? 初めにいたのは確かにハイブリッドだったわけでしょ?」
アンデッドの群れを振り払って再び居城とは反対側の森へと逃げ込むと、エルフェリスは隣を走るリーディアにそう問い掛けた。
どうも腑に落ちなかったのだ、ずっと。
エルフェリスの血を飲み灰となった者たちは確かにハイブリッドだった。少なくともリーダー格の男は。
あの時点では確実に形勢逆転したはずなのに、わずかな間に灰と化した者たちと同じだけの人数が増員されていた。そしてその後も同様に。
斬れば斬っただけ数を増やしていく軍勢に、エルフェリスもリーディアも手こずる羽目になった。
偶然、という一言では到底片付けられない。
「そうですわね……最初に葬った男は確かにヘヴンリーの配下でしたが……他の者は見知らぬ者ばかりでしたので……何とも言えませんが」
時おり背後を振り返ってアンデッドたちの動向を探りながら、リーディアはそう答えた。そしてふいに足を止める。
「どうやらうまく撒いたようですわ」
「ほんと?」
その言葉に従ってエルフェリスも振り返ってみれば、追っ手と化していた男たちの姿は完全に見えなくなっていた。
耳を澄ましてみても足音らしきものすら聞こえない。
無意識にほっと溜め息を吐いていた。
その途端に今までの疲れがどっとやって来て、足が鉛のように重くなる。
だが、まだだ。
まだ、この夜は終わらない。
「このすぐ先に泉の水源となる滝があります。アンデッドを作り出しているのだとしたら……そこが怪しいですわ」
「どうして分かるの?」
「アンデッドを作り出すには水が必要なのです。水と土。そして微量の血液と、核となる骨。それらを集めたら禁忌の呪いを。そうしたらほら、人形の出来上がり。……ヴァンパイアに伝わる一節ですわ。集めた素材で器を作り、禁術の魔法で魂を吹き込む。そうして生まれるのがアンデッド。ですがその命はたった一夜限り。陽が昇れば私たちと同じように灰となって消えていくのです」
「たった……一晩の命……か」
それでもそうやって作り出された者たちは、一人一人仮初めの魂を持つ。
たとえ一夜で燃え尽きる命であったとしても、自我を持つのだ。
禁術たる魔力の力を借りて。
「でもさ、禁術って言われるくらいだから使える人物なんて限られてくるでしょ?」
太古に常用されていた禁術は遥か彼方の過去に、突如影を潜めた。
死んだ身体に再び光を呼び戻す行為は自然の理に反すると、当時対立していたはずのすべての種族が一致した見解を示したからだ。
以来、蘇生術と呼ばれていたその魔法は禁忌とされ、指南書や魔道書は一冊残らず焼き払われ、術を習得した者はそれぞれ厳しい監視の下、その存在を再び世に曝すことなくひっそりと命を終えていった。
やがてゆっくりではあるが禁術は禁術として人々に根付くようになり、術を知る者も時代の流れとともにゆっくりと姿を消した。
今ではもう、その魔法がどのような代物であるのかさえも知らない者の方が圧倒的に多いだろう。少なくとも人間の間では、高位聖職者以外には伝承すらされていないのだ。
「あの術に関しては、実は私も最近まで存じませんでしたの。けれど数年前に、他愛の無い会話からその存在を知りました。そして実際にその術を使えるという人物も……」
「――っ! 知ってるの?」
思わず叫んだ後にエルフェリスは慌てて口元を両手で塞いだ。
幸い追っ手の気配は感じなかったが、やはり周囲の様子は気になる。
なるべく息を潜めて、気配を潜めて行動していたというのに、たった一つの要因からすべてが台無しになることなんて幾らでもあるのだ。
「それで……誰なの? 禁術使いがこんな近くにいると言うの?」
驚愕しつつも小さな声でリーディアに問う。
すると彼女は一瞬躊躇いの色をその瞳に浮かべたものの、まるでそれを封印するがごとく、ゆっくりと目を閉じた。
妙な熱風が二人の頬を掠めていく。
「ヴァンパイアの中ではただお一人……ロイズ様が……」
低く呻くようなリーディアの声が、熱い風に乗って流れて行った。