【残054話】ルイの帰還(2)

✚残054話 ルイの帰還(2)✚

 以前ちらりとレイフィールのドールにそのような話を聞いたことがあったが、それよりもなお計り知れないようなことが、日常的に繰り返されていたとかいなかったとか。

 だからあのような結末を迎えたにもかかわらず、ドールからは一様いちよう称賛しょうさんの声ばかりが掛けられた。

 エルフェリス自身はあんな結末を決して望んではいなかったのだが、あの夜の詳細を知らされていないドールたちからしてみれば、エルフェリスはやはり、自分たちの脅威きょうい排除はいじょしてくれた救世主のように映るのだろう。

 ともかくカルディナの一件があった事実を踏まえて、シードたちはエルフェリスの身辺警護の意味も含め、城内で一番まもりの固い最上部に新しい部屋を用意した。

 これならばシードの目も常に光っているし、このエリアに入れる者もごくわずか。誰でも出入りできる以前の客間とは比べ物にならないほどに、エルフェリスの身の安全はシードたちの手によってさらに強固なものとなった。

 そこまでしてもらわなくても自分の身くらい自分で守れるとエルフェリスは主張したのだが、一度は死のふちまで追い詰められ、大怪我まで負っていたエルフェリスの意見は説得力がまるでないと判断され当然のごとく却下された。

 それに返す言葉を無くしたエルフェリスはおのれの不甲斐なさに項垂うなだれながらも、その申し出をありがたく受け取ることにした。

 しかしながら怪我もえ、エルフェリスがまた動き回れるようになっても、シードたちは代わる代わる現れてはエルフェリスのそばでその動向どうこうを見守った。今夜のように三人揃って現れることも珍しくはない。

 自分のことを心配してくれるのは嬉しいが、あまりにもドールをないがしろにしすぎではないかと不安になったエルフェリスがリーディアに相談すると、リーディアはうっとりと両手を組んで、そしてまるで物語に出てくる姫君と騎士のようだと頬を赤らめた。

 その様子をの当たりにしたエルフェリスが真面目に聞いてくれと泣きつくと、リーディアはそれでも楽しそうに微笑んで、こう言った。

「大丈夫です。ドールたちは今、シードの皆様に試されているのだと理解しているはずですから」

 どういうことだと首を傾げるエルフェリスに、リーディアは珍しく意地の悪い笑みを見せ、そして先を続けた。

「先の騒動を受けて、エルフェリス様にあだなすような動きを見せるドールがいれば粛清しゅくせいの対象になると全員が思い知った後なのです。彼らがエルフェリス様のお傍に毎晩付き添われていることを良く思わないドールももちろんいるでしょうが、その感情を表に出してしまっては身の破滅だと誰もが分かっているのです。そしてシードの方々も第二のカルディナとなり得るようなドールが残っていないかあぶり出しを図っている。所有者に従順じゅうじゅんなドールほど、今後は派手なふるまいをつつしむでしょうね」
「私は本当に、ドールからしたら災厄さいやく以外の何者でもないね」

 ははは、と乾いた笑いを漏らしたものの、エルフェリスは自分の存在がドールたちの権利を奪っているような気がして、なおさら言いようのない気分にさいなまれた。

 そんな想いから少しでも逃れようと、「それが目的なら、普段はわざわざシードに守ってもらわなくても……」といった内容をリーディアに言ってみたところ、ハイブリッドではいまいち信用に欠けるのだと彼女は切なそうに微笑んだ。

 それがどんな真意を含んでいるのかは分からなかったが、暗にではあるが、この城内にシードにあだなす者たちが他にもひそんでいる可能性があるのだろうかと、エルフェリスは一人かんぐった。

 それならば逆にこの状況を利用して、自分は自分でシードの三人に刃を向けるような輩を探し出してやろうと決めるまで、それほど時間はかからなかった。

 シードの三人が自分を守ってくれているように、私も三人を守りたい。

 そうすればドールに対する後ろめたさも多少は緩和されたし、何よりシードやリーディアと過ごす時間はエルフェリスにとっても楽しい時間であることに変わりはなかった。

 だから、シードの三人の軽口に冷たい眼差しを向けてはいても、本心は別のところにある。

「それにしてもルイに会うのなんて久しぶりだし、僕も緊張するなぁ」
「お前が緊張してどうする」

 子供のようにきらきらと目を輝かせてはしゃぐレイフィールに、デューンヴァイスの鋭い突っ込みが炸裂さくれつした。

 いつもならそこから殴るな叩くなクソガキなどといった取っ組み合いに発展しそうなものなのに、今夜のレイフィールは心底嬉しそうな顔をして、「だって楽しみなんだもん」と無邪気に笑った。

 ほんの少しの過去に想いをせていたエルフェリスもその表情を見て現実に引き戻され、そして口元に笑みを浮かべた。

 楽しみ、か。

 確かにエルフェリスとしても楽しみではある。なぜなら彼の元には姉が……エリーゼがいるかもしれないのだから。

 シードの中でも圧倒的な数のドールを所有しているがゆえに、連れ歩くドールは逆に少ないと聞き及んではいたが、以前レイフィールから聞いたエリーゼとおぼしきドールはルイのお気に入りだという。

 今回もそのドールを帯同たいどうしてくる可能性が高いとシードの三人は口を揃えた。エルフェリスもそうであることを望んでやまない。

 しかし、もしそのドールがエリーゼでなかった時はもう、いさぎよく諦めるつもりだった。

 シードに出逢ったと言った姉。そして今存命ぞんめいしているシードはたったの四人。そのうちの三人は、エリーゼのことを知らなかった。

 後はもうルイという男しか残っていない。

 そこを外せば、エリーゼの行方を辿ることは今度こそほぼ不可能となるだろう。本当にこれがエルフェリスに与えられた最後のチャンスというわけだ。

「エルの捜している人、見つかるといいね」

 そんなエルフェリスの心境を察したのか、レイフィールは少しだけ笑顔を真顔に戻してそう言った。その言葉にエルフェリスもわずかな笑みで頷き返す。

 本当にそう願ってやまない。私はそのためにこの城に来たのだから……と。

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