✚残073話 反逆のヴィーダ(1)✚
その行為を反逆と呼ぶのか、それとも革命と呼ぶのか。その判断はいつでもしばしの時を要する。史実を顧みた時、そのほとんどが勝者を正義とし、敗者を逆賊と捉えるからだ。
そこにどのような経緯があろうとも、所詮人の感情や記憶などすぐに消え去ってしまうもの。当事者でない限り、その善悪の区別など付かないのは仕方のないことなのだろう。
だから、“これ”も……革命と囃し立てられる日が来るのかもしれない。
向かい合うのはいつもとはまったく別の顔をしたレイフィール。そしてその隣には同じく険しい表情をしたロイズハルト。
けれどそれに対するエルフェリスも、自分では計り知れないほどの顔を二人に見せているのだろう。
「状況は極めて不利だよ。一方的にハイブリッドたちが仕掛けたみたいだからね」
幾つかの考えに耽っていて心なしかぼーっとしていたところに、唐突に話は切り出された。
「滅ぼされたのは辺境の中の辺境、ヴィーダって村さ。でもここからはさほど遠くないし、ハンターもたくさん根城にしてたみたいだ。今回死んだのはハンターが大部分だったらしいけど、それでも人間側から糾弾されれば簡単には言い返せないよ」
いつもよりもワントーン低い声で、レイフィールはそう説明する。
そこにはエルフェリスの知りたかった情報がぎゅっと凝縮されていた。
ヴィーダ……あの村が……。
その名を聞いた途端に、脳裏に一つの村が浮かんで消える。
けれどその思考を遮るように、ロイズハルトがレイフィールに向けて言葉を返した。
「……ということは、もはや新たに村を再建させればなんとかなるような状況でもないんだな?」
「残念ながらね。偵察をやったところ、後から乗り込んできたハンターたちが村に火を放ったらしい。逃げ遅れたハイブリッドもろとも村は灰の山さ」
「……ひどい」
レイフィールの返答に、エルフェリスが思わず漏らした声は掠れていた。
ハイブリッドたちの非道な仕打ちにも腹が立つが、それを焼き払うために村に火を放つだなんて……ハンターたちの所業もあんまりではないだろうか。
わなわなと握り締めた拳が怒りに震える。
「とにかく、今もハンターと残ったハイブリッドとの睨み合いが続いているらしいから、早く行って鎮めないとここもヤバくなるかもしれないよ」
表情とは裏腹に、ひどく落ち着いた口調でレイフィールはそう言うと、決断を迫るようにロイズハルトの方へと身を乗り出した。
「……うむ……」
一方のロイズハルトはレイフィールの促しにも動じることなく、何やら考え込む仕草を見せた。そしてその姿勢のまま二人とも固まってしまう。
こうなってしまうと、エルフェリスも容易に口を挟めなくなる。
シードの奏でる沈黙は、いつもエルフェリスの上に重苦しく圧し掛かるようだった。わずかに呼吸する音ですら許さないほどの圧力がそこにはある。
「……」
どちらかが口を開くまでは、エルフェリスも固く口を噤むしかなかった。
「……」
そうすれば自然とエルフェリスの心は彼の地へと向かう。
辺境の村・ヴィーダ。それを辺境と呼ぶのは果たして適切なのかどうか、とエルフェリスは思うのだが、王都から見れば、という条件のもとに成立する位置関係ではあった。そこからすればエルフェリスの生まれ育ったあの村もまた辺境と呼ばれる。
人間の世界においては、ヴァンパイアの領域と接する地はどこも辺境とされる。それゆえに、一部の心無い人間たちは、その地に住む者をヴァンパイアへの生贄、などと蔑んだりしている。
自らの命の安全と引き換えに、エルフェリスら辺境に住まう者たちが代わりに糧になっていると揶揄するのだ。
だから王都やその周辺の街では今回の事件も恐らく辺境の地で起こった悲劇の一つ、として片付けられてしまうに違いない。
いつもそうだった。これまでもそうだった。
エルフェリスたちの村でハイブリッドどもが暴れ回った時も、近隣の村で大量に村人が襲われた時も、多大な軍を有する王都からは誰も助けに来てはくれなかった。ゲイル司祭や他の神聖魔法使いたちが送った援軍の要請も無かったことにされた。
少しでも自分たちの身が脅かされることになればすぐに尻尾を振ってくるくせに。
辺境に生きる者には誰も手を差し伸べてはくれない。
「……」
こんな思いを何度繰り返せばいいのだろう。
レイフィールの言う話が本当ならば、ヴィーダは事実上、姿を消してしまった。それもハイブリッドの集団に襲撃されて。
ヴィーダはエルフェリスの村ともそれなりに近く、またヴァンパイアの領域とも特に接近していたため、万が一に備えてそれなりの戦力や設備はあったはずだ。いや、あったと聞いている。
おまけにヴァンパイア狩りを生業としているハンターたちも多数駐留していたというのに、ハイブリッドの前にいとも容易く堕ちてしまった。
私たち人間は、どうしたらいいのだろう。
非道の限りを尽くすハイブリッドたちには盟約も、エルフェリスたちの願いも通用しない。
息が……苦しい。
「ハイブリッドを率いていたのはヘヴンリーか?」
それからたっぷり間を置いてから、ロイズハルトはそのダークアメジストの瞳に光を灯した。
ぎらりと輝く双眸は、何かの幕開けを予感させる光。嵐の訪れを知らせる光。
そんな彼の様子を悟ったのか、レイフィールも再びソファに座り直すと、ふっと息を吐いて目を伏せた。
「姿は見掛けなかったようだけど、あいつが絡んでるのは確実だろうね。ヴィーダで見たハイブリッドはどいつもこいつも急進派のやつばっかりだって言ってた。これでヘヴンリーが知りませんでしたなんてわけないよ」
「うむ。そう考えるのが妥当だろうな……。それにしても壊滅させるとは……ヘヴンリーめ。これまではこちらの顔色を窺いつつだったが、ついに本格的に旗揚げか? まったく昔から人をよく困らせてくれる」
忌々しげに顔を歪めてロイズハルトはそう吐き捨てると、おもむろに立ち上がった。
「行くの?」
そしてそんなロイズハルトに一言だけ掛けられた声。
「どう転がるかはさすがに分からんが、このままヘヴンリーの好きにさせておくのはいただけないからな」
「はは。そんな弱気じゃ困るよロイズ。どうせならあいつの息の根も止めちゃえば?」
「まあ、機会があればな」
まったく、それが笑いながら言うセリフなのだろうかと驚くほどに、二人のやり取りは軽々しく行われた。だがこの調子に飲み込まれてはいけない。
「待って!」
二人の会話が完全に終わってしまう前に、エルフェリスは慌てて制止の声を上げた。
「?」
「どしたの? エル」
それと同時に二人の視線がエルフェリスに向けられる。
一瞬の躊躇いを飲み込んで、エルフェリスはゆっくりと口を開いた。
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