✝ 残 ✝ 075話 反逆のヴィーダ(3)【恋愛ダークファンタジー小説】

✚残075話 反逆のヴィーダ(3)✚

「ねぇ……どうするの? ロイズ。ここまで言ってるんだから連れて行っても……」

 エルフェリスとロイズハルトの間で困ったように眉尻を下げたレイフィールが、この場の空気にたまりかねてそう口を開くも、ロイズハルトは硬く目を閉じたままゆるりと首を振った。

「ダメだ。エルは連れて行かない。もう一人同行者がいるのならまだしも、俺一人では……」

 ――連れては行けない。

 恐らくはそう言うつもりだったのだろう。

 けれどもそれより先に、ロイズハルトの言葉をさえぎった者がいた。

 もちろんそれはエルフェリスでもレイフィールでもない。

 暗がりにぼうっと浮かび上がるようにたたずんでいるその姿は、まるで夜空に輝く銀の月。

 太陽の光など無くとも輝きを失わない確かな光が、そこにはあった。

「そういうことなら一言、私にも相談して欲しいものですね」

 そう言いながら、ゆらりと揺れる蝋燭ろうそくの炎の元へと姿を現した男。それは。

「ルイ!」

 の者の姿を認めて、ロイズハルトとレイフィールが同時にその名を叫ぶ。

 するとそれに応じてルイの顔にもやわらかな笑みが宿った。

「その様子だと、どうやら私のことはすっかり忘れていたようですね。困りますよ? 私もシードの端くれだというのに」

 にっこりと美しく微笑んでそう言うと、ルイはゆっくりとこちらへ足を踏み出し、空席となっていたエルフェリスの隣に腰を下ろした。

 その所作すらふっと通り抜ける風のようで、思わず目を奪われる。

「デューンとレイを城に残すというのなら、私がヴィーダへ行きましょう。それならば彼女を連れて行っても問題ないのでしょう? ロイズ」
「……まあ。だが良いのかルイ。ヴィーダに行ってしまっては、しばらくドールにも逢えない上に血にも飢えるかもしれない。特に飢えはルイが最も嫌っていた生理現象だろ? 途中で発狂されても困る」
「おや、言いますね。でも、それこそ見くびってもらっては困りますよ。私を誰だと思っているのですか。この期に及んでまで女に逢いたいなどとは言いませんよ、さすがの私でもね。確かに飢えには少々抵抗がありますが……いざとなったらハンターの血を頂けば良いだけのこと。何も心配はありません」

 いまだ厳しい表情を崩さないロイズハルトに対して、ルイは常に微笑を絶やさないまま、余裕溢れる調子でそう言った。

 そしてその後エルフェリスに向けてウィンクするのを忘れない。

 ひっそりと見惚みとれていたのがばれた気がして、一瞬エルフェリスの肩が跳ねた。

 けれどルイはすぐにロイズハルトに目線を戻すと一言、「どうしますか?」とだけ尋ねる。

 その声にエルフェリスもレイフィールも同時にロイズハルトに注目した。

「……」

 ただただ沈黙を守るロイズハルトに、祈るような視線を注ぐエルフェリス。

 だがしばらくすると大きく息を吐いて、自分を納得させるようにロイズハルトは数度うなずいた。

「……解った。ルイの言う通りにしよう」

 そして微かな笑みを浮かべてそう言った。

「では話はまとまりましたね。エルもそれでよろしいですね?」
「え? う、……はい! 連れてってくれるなら……」

 突然現れていとも簡単に話をまとめてしまったルイの交渉術に呆気あっけに取られていたところで、さらに突然話を振られてエルフェリスは慌てて返事をした。

 それでもその返答を満足ととらえてくれたのか、ルイはいっそう深い笑みを見せると「では決まりですね」と言って、一足先にソファから立ち上がった。

「私は早急に支度を整えてきます。ロイズもエルもそのように頼みましたよ。それからレイはデューンを叩き起こしておいで。ああ、それからリーディアもね。私のドールたちにはくれぐれも説明をおろそかにしないようお願いしますよ?」

 手短に、でも的確に指示を出せる辺り、ルイにはやはり人の上に立つ素質があるのだろうとエルフェリスは心のどこかでふと思った。

 だがのんびりとそんな考えにふけっている暇は無い。

 こうしている間にも、事態はどんどん進んでいく。

「任せて! 城のことは確かに僕とデューンで守るから」

 誰よりも先に行動を起こしたレイフィールは、その顔に無邪気な笑顔をたたえたまま足早に部屋を出て行った。それに続いてルイも部屋を後にする。

 残ったのはエルフェリスとロイズハルトの二人だけ。

 嵐の前触れのような静けさに包まれていた。

「いいんだな? エル。何が起きても、何を見ても……」

 視線を外したままボトルとグラスを手早く片してから、ロイズハルトはエルフェリスに向けてそう声を掛けてきた。言葉は短くても、とても重く響く。

 それでもエルフェリスの意思を変えることなどできない。

「ここへ来ると決めた時から覚悟はできてる。だからロイズは自分のやるべき事だけに目を向けて。私は私のやり方でヴィーダの姿を見届けるから」

 きっぱりとそれだけを告げると、ロイズハルトはそっと笑っていた。そして言ったのだ。

「上等だ、エル。それでこそゲイル司祭の跡を継ぐ者。……やはりあの時の判断は間違ってなかったようだ」
「え? 何か言った?」

 まるで独り言を呟くように言ったロイズハルトの言葉を認識しようと、エルフェリスは彼に問い返す。

 けれどロイズハルトからのそれ以上の返答はなく、ただふっと笑って「何でもない」と言うのみだった。

 この時のエルフェリスには知る術もなかった。

 この時のロイズハルトの言葉にどんな意味があったのかなど。

 今はただ滅びゆくヴィーダの地に思いをせることしかエルフェリスにはできなかった。その先にあるものになど、まったく考えが及ばなかった。

――月はこれから満ちようとしている。

第4夜 fin.

▼続きはこちらから▼

▼1話前に戻る▼

▼目次へ▼

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次