✝ 残 ✝ 082話 異国の微笑(2)【恋愛ダークファンタジー小説】

✚残082話 異国の微笑(2)✚

「……あんなところって……?」

 不思議に思ってそう聞くエルフェリスを一瞥いちべつするカイルの表情に、さっとかげりが差したのをエルフェリスは見逃さなかった。

 それもそのはずだった。カイルは険しい表情を崩すことなく続けた。

「死んだハンターたちをひとまず葬るための場所さ。わば……仮の遺体安置所……とでも言うべきかな。何でこんなところに女の死体があるんだろうと思ったら、見たことのある顔だろ? しばらく言葉を失くしたよ」
「遺体……安置所……?」

 カイルの言葉に少なからずショックを受けつつも、それよりもなぜそのような場所で見つかったのだろうという疑念の方が大きくて、エルフェリスは再び頭を抱えた。

 襲われたのは確かに建物の建ち並ぶ一画だった。そして自分を襲った者に手加減というものがなかったことも身を持って覚えている。

 あれは……殺されていてもおかしくはなかったはずだ。

「……」

 何があったのだろう。

 一つの傷を負うこともなくこの場にいることが、何よりも不思議でならなかった。

 けれどよくよく考えると、エルフェリスはあの後死んだと思われて遺体安置所などという場所に置き捨てられたのだろうか。

 死んだと思われて……。

 ぞくりと背筋を冷たいものが流れていくのを感じた。

 落ち着いているつもりではいたけれど、少しずつ少しずつ心の奥底に動揺が広がっていく。

 怖い、と思った。一人で行動することが怖いと。

 エルフェリスの世界はほんの数ヶ月前とはまるで変わってしまった。

 ヴァンパイアと暮らし、ヴァンパイアと打ち解けることで何でもできるような気になっていたが、やっぱり自分一人では何の役にも立てなくて、誰かの助け無しでは何もできないのだと改めて痛感させられる。

 けれどそんなエルフェリスの心中を知らぬカイルは、ほっと息を吐いて話の先を進める。

「それで驚いてここへ連れてきたってわけさ。あ、ここはヴィーダでの僕の仮住まいでね、ベッドは一つしかないからご一緒させてもらったけど。昔はよく一緒に寝ただろう?」

 幼かったあの頃とちっとも変わらない笑顔でそう言われてしまっては、エルフェリスは何も言えなくなってしまった。

 年頃の男女が一つのベッドで寝ていたなんてゲイル司祭が聞いたら卒倒してしまいそうだが、自分がこの数時間で辿った経緯を聞くうちに、そんなことはもうどうでもよくなってしまった。

 曖昧に笑って、激しい動揺から心を隠すことくらいしか今はできそうにない。

 けれど彼の質問は止まらなかった。

「でもほんとにエル。君どうしてヴィーダこんなところにいたんだい? 確か三者会議に出るとかでシードの居城へ行ったままだって聞いてたけど……」

 眉間に皺を寄せてエルフェリスの顔を覗き込んでくるカイルに、エルフェリスは正直どきっとした。

 その質問は必ず問われるだろう上に、安易に答えられるものではないと解っていたからだ。

 デストロイ同様カイルもまた、ヴァンパイアの中心であるシードの居城を探し求めていた。

 そこさえ潰してしまえばヴァンパイアの存続ももはや風前の灯火なのに、と言って。

 ここで口が滑ってしまえば、ロイズハルトらシードが窮地に陥ってしまうことは目に見えている。それだけは絶対に避けたかった。

 自分の発言で彼らをおとしめてしまうのだけは、なんとしても避けたい。

 しかしながら、下手に彼らを擁護する発言ばかりして聖職者としての自分の立場を追い込むのもまた、この場面においては得策でないこともエルフェリスは十分に理解していた。

 エルフェリスはヴァンパイアに心を奪われたなどという疑念が教会側に出回っては、エルフェリスは二度とシードの城へ戻れなくなるかもしれない。

 数少ない、シードに対抗できる力を持った神聖魔法使いを教会側がみすみす手放すことは天地がひっくり返っても無いだろう。

 それどころか取り返せるうちに取り返して、必要な時以外は未来永劫どこかに監禁、などという展開すら想像できるところが教会本部の恐ろしいところだ。

 ――全ては前例に基づくもの。

 過去にそういった事例があったからこそ、エルフェリスはここで新たな一例を作るわけにはいかなかった。

 だから返答するにも、上手い具合に両者のためを思っての言動なのだとカイルに思わせるように仕向けねばならず、エルフェリスは細心の注意を払って彼の質問に臨まねばならなかった。

 口を開く瞬間、心臓が大きく鼓動するのを感じていた。

「ヴィーダが壊滅したって話を知り合いのヴァンプが教えてくれたの。その人に頼んでここまで連れてきてもらったんだ」
「それは……シード?」
「ううん、ハイブリッド。シードはさすがにそこまでしてくれないよ。あの城では私はやっぱり異質な存在だろうし」

 カイルの探るような眼差しに、エルフェリスもすかさず発言にフェイクを入れた。

「……なるほど。でもエル、村の中へは一人で来たの? そのハイブリッドは……帰ったのかい?」
「もちろんまだどこかにいるよ。でも村を襲ったハイブリッド集団と間違えられたら困るから、別の場所で待ってもらってるの。その人たちは人間の私にもとても良くしてくれるから」
「ふーん……。まあ確かにそれが懸命だろうね。僕たちハンターからすればハイブリッドもシードもすべて同じ。ヴァンプに良いも悪いもないからね」

 数多の女性を虜にした笑顔でばっさりと吐き捨てたそのセリフに、エルフェリスはわずかながらも戦慄せんりつを覚えた。

 ヴァンパイアに良いも悪いもない。

 その考えがどれだけ偏見か、エルフェリスが一番良く知っているのに、その思いはハンターであるカイルには届かないことを思い知ったのだ。

 人間たちを苦しめているのはほんの一握りのハイブリッドだけなのに、あまりにも盟約を侵しすぎた急進派のハイブリッドたちの行いは、ハンターたちのみならず、人間たちのヴァンパイアへのイメージを著しく悪化させてしまった。

 そして恐らくそれはもう二度と改善されないだろう。

 ハイブリッドたちは闇雲に獲物を追い続け、ハンターたちは追撃の手を緩めない。

 それが人間とヴァンパイア、両者の共存を目指す上での一番の壁となって目の前に立ち塞がっている。

 ふわふわと、視線がうつろうのを感じていた。

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