✚残083話 異国の微笑(3)✚
「……そういえば……デストロイは来てないの?」
話題を変えようと思案していた矢先、ふと一人の男の顔を思い出すと、エルフェリスは新たな気持ちでカイルにそう尋ねた。
すると彼はエルフェリスに一瞥を加えてから、ふっと笑みを漏らす。
「いたよ? 昨日まではね。けれどこんな事態になったものだからひとまず態勢を立て直す為に一度村へ戻ったんだ。シードの城への手掛りを求めてここへ来た途端に襲撃を受けたものだから、僕もあいつも慌てたよ。とにかく一旦状況報告をして来るって帰ったんだ。デストロイにも逢いたかったのかい?」
意味有り気な表情を浮かべて楽しそうに笑うカイルに、エルフェリスは「それはない」と全力で即答した。
それから今度は自分の疑問を解決しようと、逆にカイルに質問を投げかけてみる。
「でもどうしてヴィーダは……こんなに壊滅したの? ヴァンプ……シードの人たちはみんなその理由と経緯を知りたがってた。どうしてハイブリッドたちがそのような行いを働いたのか……すごく憤ってたんだよ? それに村を襲ったっていうハイブリッドたちはどうしたの? 全滅したの?」
そう言ったエルフェリスの言葉に、それまで明るかったカイルの表情にさっと陰りが差した。幼なじみのカイルの顔から、ハンターのそれへ。
エルフェリスの知らない彼の一面がほんの少し、垣間見えた気がした。
「どうして……か。それはこっちが聞きたいくらいだよ。夜更けにね、大量のハイブリッドどもが奇襲を掛けて来たんだ。非力なここの住人たちはあっという間にやつらの餌食。僕たちだって丸腰で襲われては一溜りもなかった。半分以上は殺され、残った者も一度撤退せざるを得なくて……その間にヴィーダは完全にヴァンプの手に落ちた。だから……」
「火を放ったと言うの……?」
カイルの言葉が途切れた瞬間を見計らって、エルフェリスが毅然とそう告げる。
するとカイルは厳しいまでの一瞥をエルフェリスに加え、それから窓の外へと目を逸らした。
「炎はすべてを焼き尽くすが、時が経てばそこからまた新たな生命が芽生える。あの時は……そうするしかなかった……」
「そんな……! 他にも手があったんじゃないの? ヴァンプを葬り去る為だけに村を焼き尽くすだなんて……カイルだけじゃなくてデストロイもいたんでしょ?」
「いたさ! でもどうしようもなかったんだ! ハイブリッドの中にアンデッドが紛れ込んでいたんだよ……。ハイブリッドだけならまだしも、アンデッドとなると……。全滅を免れるには……そうするしかなかったんだ」
目に見えるほどの怒りと後悔を滲ませて、強く拳を握り締めるカイルだったが、エルフェリスはそれ以上の衝撃を受けて言葉を失っていた。
今、彼は……何と言ったのだろう。
こんなところで聞くはずのない言葉を聞いたような気がする。
アンデッド。確かにそう聞こえた。
どうして?
どうして彼の口からそのような言葉が出てくることになるのだろう。
どうして?
視界がうまく定まらない。世界が揺れる。
揺れる。
「……アンデッド……?」
からからに渇いた喉を無理やり通り抜けていった声は擦れていた。
けれども、そんなことよりももっと情報を寄越せと脳が暴走を始める。
「……どうして? ハイブリッドだけじゃなかったの? ハイブリッドたちはどこに? ああどうして? ……アンデッドって……」
自分でももはや制御できずにエルフェリスは戸惑った。何を言いたいのか、何を言っているのか解らずに混乱する。
脳裏を掠めていくのは、とめどなく押し寄せる不死身のアンデッドの群れと、生ける屍と化した二人のドール。
あの時の情景が眼前に鮮明に映し出されて、目の前が真っ黒な闇で覆い尽くされていくような錯覚を覚えた。
「どうしてなの? どうしてこんな所にアンデッドが……アンデッドなんて……どうして?」
「落ち着いてエル。とにかく座ろう。聞きたいことがあるならちゃんと一つずつ答えるから……落ち着いて?」
混乱しているとはいっても、それでも自分では十分落ち着いているつもりだった。
けれどもあの時の畏怖と怒りを思い出して、エルフェリスの身体はいつの間にかわなわなと震えていた。
そんなエルフェリスの肩を、カイルは優しく慰めるような口調とともにふんわりと包み込み、抱き締める。
その暖かさは遥か昔に忘れ去った心を思い出させるようで、掻き乱された思考の中に一筋の光が差し込むようだった。
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