十 残 十090話 赤い瞳の侵入者 (3)【恋愛ダークファンタジー小説】

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「そうやって言い争うだけ無駄ですよ。それよりも帰るならさっさとしてくれませんか? 誰かさんのおかげでこちらは黒焦げです」
「まったくだ」

 聞き慣れた二つの声が、風に乗ってどこからか響いてくる。

 突然のその声に、エルフェリスもカイルも驚きの眼差しで周囲を見回した。

 するといまだ収まらぬ砂煙すなけむりの向こうに、こちらと対峙たいじしたままじっとたたずむ二つの人影を認めた。

「あ……」

 そしてなぜかそれを境にぴたりと爆発が止む。

 息を飲んで、風に流されていく砂埃すなぼこりの向こう側に注目するエルフェリスとカイル。

「……え?」

 けれどそこには誰の姿も無く、一抹いちまつ砂塵さじんが通り抜けていくのみだった。

 しかし……。

「あッ」

 次の瞬間。

 瞬き一つの間に、エルフェリスの身体はどうしてか、ヴィーダの遥か上空にあった。

 眼下には無残に瓦礫がれきを露出するヴィーダと、彼方まで広がるビロードの闇。

 輝く星々のその中に吸い込まれるような感覚に、わずかな目眩めまいすら覚えるようだった。

 けれど自分はどうしてこんな場所にいるのだろう。

 そう思って少しだけ視線を彷徨さまよわせると、そこにいたのは。

「どうだ? エル。人間の身じゃこんな体験そうそうできないだろう?」
「……ッ!」

 そう言って、目を細めたその人。

 全身を黒の外套がいとうですっぽりと覆っているために、エルフェリスの前に曝しているのはその瞳だけだったけれど、細められたその目元に、問い掛けられたその声に、すぐにそれが誰なのかを把握したエルフェリスは、溢れ出しそうになる感情を抑えようと必死になって唇を噛み締めた。

 ああ……世界が震える。

「……どうして……? 私のことは……ほっといてくれて良かったのに」

 本当はすごく嬉しかった。

 嬉しかったのに、口から零れ落ちる言葉は本心とは裏腹で、可愛げの無いものばかり。

 それなのに“彼”はふっと小さく笑う。

 それがまたエルフェリスの心を締め付けてやまない。

 滲み始めた夜の闇が、なぜこんなにもきらめいて見えるのだろうか。

「まぁそう言うな。お前のいないあの城なんてもはや考えられない。帰るなら……共に帰ろう」
「……ロイズ……」

 泣く気なんかなかった。

 でも勝手に……勝手に涙が溢れた。

 エルフェリスはそれをロイズハルトに気付かれまいとこっそり手の甲で拭う。

 涙で濡れた指先がジンと熱くなる。

 それに気付いてなのかそうでないのか、ロイズハルトはエルフェリスから視線を外すと、ふっと一つ溜め息を吐いた。

「しかし帰るにしても、まずはあのハンターたちをなんとかしないとだな」

 空中で優雅に身をひるがえして、目下もっかのカイルをじっと見つめながらロイズハルトはそう言うと、彼らとは少し離れた場所を選んでゆっくりと降下を始めた。

 その間にも地上から退屈そうにエルフェリスたちを傍観していたもう一人のマントの男――おそらくはルイであると思われたその男は、恐慌から立ち直ったハンターたちにすっかりと取り囲まれてしまっていた。

 ……とは言っても、当の本人はそのようなことなどまったく気にもしていない様子に見える。

 物々しい男たちに囲まれているというのに、呑気に腕組みをして、誰の目にも分かるほど大きな溜め息を何度も吐いている。

 そこに危機などまるで無いと言いたげに。

 しかしやがてふと、その唇がなまめかしくゆっくりと言葉を刻む。

「……嫌ですねぇ。男に囲まれるのは趣味じゃないんですよ」

 タイミング良く、しんと静まり返った中を響き渡ったその言葉は、ハンターたちの神経を逆撫でするには十分すぎるほどの辛辣しんらつさを孕んでいた。

 そして案の定それは彼らの怒りを増長させる結果となる。

 それぞれがそれぞれ思い思いの武器を手に取って、怒りの声を上げながらルイとの距離をさらに縮めていく。

 しかしそれでもルイはなおもその身にたたえる余裕を崩すことはなかった。

 それどころかマントの奥で声を殺して笑っているようにさえ見える。

 そんなルイの様相もあいまって、エルフェリスが不安げにロイズハルトを仰ぎ見れば、地上に降り立った彼もまた心底困ったような口調でぽつりと呟いた。

「まずい……。ルイのやつ、飢えすぎてキレてる……」
「えぇ」

 思いも寄らぬロイズハルトの言葉に、思わず驚きの声を上げてしまうのを止められない。

 こんな場面にあっても間抜けに響いたエルフェリスの声は、この場に集った者たちの視線を集めるには十分すぎる声量だったようだ。

 親しげに言葉を交わすヴァンパイアと聖職者。

 この場にいて、ハンターたちの興味と注目を引くにはいとも容易いことだった。

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