十 残 十103話 声の導く先へ(2)【恋愛ダークファンタジー小説】

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「撤退を始めたようだな」

 迫り来る刃を交わしながら、少しの安堵あんどと少しの不安が入り混じる思いでロイズハルトは呟いた。

 ハンターたちと刃を交えながらも、時おり少し離れたところに立つエルフェリスの状況を確認していたが、先ほどレイフィールからの通信が入った頃を境にその姿が見えなくなっていた。

 ヴァンパイアの誇りをハンターたちに見せつけてやるつもりが、危うくエルフェリスをさらなる危険にさらすところだったと密かに胸を撫で下ろす。

 エルフェリスの言った通り、夜が明ける前にさっさと片を付けてこのヴィーダを脱出すべきだったと今更ながら冷静さを取り戻したロイズハルトは、レイフィールから増援襲来の気配を突き付けられて小さく舌打ちした。

 ほんの少し思い知らせるつもりが、ことのほか熱くなってしまった。

 レイフィールからの情報では、ハンターたちの援軍はたいそうな数だという。

 自分たちだけならばたいした脅威きょういにもならないが、エルフェリスのことを考えると状況は大きく変わってくる。

 デューンヴァイスの援護があるとはいえ、彼女が無事にデマンドの元まで辿り着けるかいささか不安が残る。

 ここはさっさと片を付けて、彼女の逃げ道を少しでも安全なものにするために尽力しなければならなかった。

 素早く思案しあんを巡らせたロイズハルトは、いつもとは違う色の瞳をルイに移すと、彼は心底苛立いらだった様子でハンターたちを根こそぎぎ倒しているところだった。

 極度の飢えが、彼の理性を奪っているらしい。

 だがかえって好都合だった。

 少しでも多くのハンターを戦闘不能に追いやってくれれば、それだけエルフェリスも自分たちも身動きが取りやすくなる。

 だからロイズハルトはひとまず目の前の男に集中すれば良かった。細身でありながら、なかなか骨のある黒髪の男。

 確か、名はカイルとか言ったか……。

 エルフェリスの昔馴染むかしなじみだというこの男は、なるほど、ハンターの中でも相当な腕利きの部類に入るだろうとロイズハルトは一人納得した。

 不思議な片刃の剣を操り、無駄のない動きと隙のない防御は他のハンターたちとは違い、美しい銀の瞳から発する殺気の鋭さも、頭一つ二つ飛び抜けているように感じる。

 けれども、たとえ太陽の元で力を削がれてはいても、彼に負けるほど自分は弱っていないはずだった。

 ロイズハルトが少し本気を出せば、あっという間にカイルを大地に横たわらせることも可能だろう。

 三日月形に歪んだロイズハルトの口元から、二つの毒牙が顔を覗かせていた。

 † † † † †

『本当にロイズたち大丈夫なの?』
『大丈夫大丈夫。あんなの修羅場のうちにも入んねーから。ちょちょちょーいのパ、だぜ』

 デューンヴァイスの示す方角に向かって、エルフェリスは必死に走っていた。

 けれど頻繁に背後を振り返っては、残してきたロイズハルトらの安否をデューンヴァイスに確認することを忘れない。

 彼とてエルフェリスとずっとやり取りしているのだから、ロイズハルトらの様子なんて分かりえるはずないことは分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。

『ロイズはハンターの大群を一晩で壊滅させたことも一度や二度じゃないし、キレた時のルイなんかロイズの比じゃないから心配いらねって』

 指輪の向こうでデューンヴァイスがガハハと豪快に笑う。

 それが本当ならば、少しは安心できるというものだが。

『私……ほんとにただのお荷物だったな……』

 無理を言って、なかば強引にヴィーダに付いて来たというのに、何の役にも立てなかった。

 それどころか足を引っ張ってばかりで、挙げ句の果てに助けに来てもらう始末。

 ヴィーダを襲ったハイブリッドのことも結局は分からずじまいで撤退しなければならなくなるとは、一体何のために来たのかわからなくなる。

『お荷物だろうが何だろうが、エルがいなけりゃロイズたちだってデストロイっつーハンターの軍団に巻かれてたかもしれねーし、悪いことばかりじゃねーよ。愚痴なら帰ってきてから嫌ってほど聞いてやるし、今はとっとと逃げろ』

 ほれほれ、とうながされて、躊躇ためらいながらもエルフェリスは再び前を向くと、その足を踏み出そうとした。

 けれどそこでふと思い止まる。

『どした?』

 怪訝けげんに思ったのか、デューンヴァイスが声を掛けてくる。

 けれどもエルフェリスは黙ったまま空を見上げた。太陽が、ロイズハルトらの弊害へいがいとなるのなら。

『デューン、少しだけ……時間もらっても良い?』

 両手でワンドを握り締めながら、エルフェリスは頭の中でデューンヴァイスに問い掛けた。

『何する気だ? あんまり時間無いぞ』
『大丈夫、ひとつだけ魔法を掛けたいの』
『魔法か……。ん、そのくらいの時間なら、まぁ良いか。俺はちょっと周辺の観察してるから、終わったら言って』
『うん。なるべく急ぐね!』

 ありがとう、とデューンヴァイスに一言告げると、エルフェリスはすぐさま今来た方角に向かっていくつか言葉をつむいだ。

 自分の魔法がヴァンパイアたちを直接守ってくれることは無いだろうが、発想の転換によってはきっとそれも不可能ではないはずだ。

 風に乗って流れていく言霊ことだまの一つ一つに祈りを込めて、ロイズハルトとルイの無事を願う。

『よし、お待たせ、デューン! もう良いよ』
『こっちも偵察完了だ。暗道までまだまだあるぞ、覚悟して走れよ』
『ひぇ。が……頑張る!』

 デューンヴァイスの言葉に一瞬ひるみもしたが、このまま逃げ切ることが彼らの一番の助けになるのならどこまでも走りぬいてやろうとの思いを新たに、エルフェリスは再び荒野こうやを駆け抜けていく。

 踏み出す足に戸惑いはもう感じられなかった。

 渇いた土を蹴り上げる度に、小さな砂埃すなぼこりが舞い上がる。

 ただそれだけがエルフェリスの足跡を示していた。

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