【残026話】ルイという男(2)

 その一方で、一人眉をひそめるエルフェリス。

「ん? ……ルイって誰?」

 突然出てきた聞き慣れない名前に首を傾げると、談笑を続けるレイフィールの代わりに、彼のドールの一人がすっと口を開いた。

「ルイ様はシードのお一人ですわ。エルフェリス様はまだお会いになったことはなくて?」
「うん、知らない。初めて聞いた」
「まあ、それは惜しいことを……。ルイ様は大変お美しい方ですのよ。レイ様には申し訳ないのですが、私たちも思わずうっとりしてしまいますの」

 彼女はそう言うと、夜空と同じ濃紺色の扇をさっと広げ、にこやかに微笑んだ。

「そんなに綺麗な人なんだ。女のシードは死に絶えたって噂に聞いたけど、まだいるんだね」

 ホッとしたようなそうでないような。何ともいえないエルフェリスの感情が、何ともいえない表情を作り出していた。

 けれどレイフィールのドールはわずかに目を伏せると、ちらりとおのが主を一瞥いちべつして、それからゆっくりと首を振った。

「いいえエルフェリス様。あなた方の思う通り、女性のシードはもう既に死滅しました。……数年前のことです」
「そう、シードはもう僕たち男四人だけ。……僕たちで終わりさ」

 いつの間にドールたちとの会話を終えたのか、レイフィールが寂しそうにそう呟いた。

「ごめん……」

 あまりに悲愴な顔をする少年ヴァンパイアに、エルフェリスは触れてはいけない話題に触れてしまったのだと後悔した。

 共存を掲げておきながら、彼らを滅亡へ追いやる一因を担ったのは、紛れも無く人間なのだ。ヴァンパイアハンターたちの愚かな乱獲がそうさせた。

 もう本当にシードヴァンパイアは絶滅への道を歩むしかなくなったのだと思うと、エルフェリスの胸はなぜだか痛んだ。

 人間にとってそれは歓喜すべきことなのかもしれないが、シードの面々を知ってしまったエルフェリスは正直どう反応すべきなのか分からない。

 シードが滅ぶ時。それはすなわち、ロイズハルトやデューンヴァイス、レイフィール、それにルイという男の死を意味しているのだから。

 いつかデストロイが言っていた“人間が人間として生きられる時代”を人々は歓迎するだろう。エルフェリスとてどこかでそう思っている。けれど、別に彼らシードの死を望んでいるわけではない。

 ――彼らは微笑みかけてくれるから。

 それにシードがいなくなった後の世界は、或いは今よりもなお悪化するかもしれない。かせの外れたハイブリッドヴァンパイアが、そのまま大人しくなるとは思えないからだ。

「そんな難しい顔しないで? 僕たちは死んだりしないよ。……しばらくはね」

 レイフィールはそう言うと、にっこりと微笑んで自身が育てた白い薔薇に手を伸ばした。

「死ねないよ。……今のままじゃ」

 そしてそう呟いたのだった。

 かすかに冷たい風が、白で埋め尽くされた庭園を吹き抜ける。

「そういやさ! もしロイズのドールで困ってることがあるならルイに相談してみなよ!」
「え? なんで?」

 唐突に話題を変えたレイフィールに少し驚きつつもエルフェリスが問い返す。

「ルイはさぁ、ロイズよりも年上だし立場的にも上だから、ほんとはロイズよりも偉いんだよね。だからドールたちもルイや、ルイのドールには逆らえないんだ。ルイを味方にすればロイズのドールも大人しくなるんじゃないかな」

 腕組みをして、さも名案だと言わんばかりに頷くレイフィール。簡単には言うけれど。

「だから私はそのルイって人とは面識ないんだって」

 初対面で、しかも人間。そんな小娘を、実質シードのトップであるルイという男が相手にしてくれるとは思えない。

 けれどレイフィールはそれでもにこにこと笑みを漏らす。

「大丈夫だよ。ルイは優しいから。……基本的に」
「……うん?」

 基本的に?

 もし基本に当てはまらなかった場合はどうなるのだろうという妙な疑問が、エルフェリスの中を駆け抜ける。

「別に困ってるわけじゃないんだけどなぁ」

 それでも思わぬ気遣いを受けて、何だか心がむず痒い。けれどもしもの為に、ルイのことは覚えておこう。そう思った。

「僕のドールだってみんな困ってるんだもん。こういう時くらい役に立ってもらわないとね」

 エルフェリスのまだ見ぬ男・ルイに対して、レイフィールはそう感想を漏らした。その発言に彼のドールも一斉に同意する。

「ロイズ様は良い方ですが……ドールの方々はなぜか……ねえ」

 先ほどの濃紺色の扇を持ったドールも、言葉を選びながらそう苦言する。

「確かに……うん。ロイズの趣味ってちょっと変わってる気はするなぁ」

 つられてエルフェリスも本音をポロリと零してしまった。

 確かにそう。ロイズハルトは冷静で聡明な感じがするのに、彼のドールはどこか思考が幼くて……そして心が歪んでしまっている。直接手を汚さずに、じわりじわりと嫌がらせを繰り返すところとか。すべてはロイズハルトへの愛の裏返しなのだろうが、エルフェリスには理解できない。

「でしょ? ロイズってさあ、来る者拒まずなんだよね。誰かを好きになったところなんて見たことないし、冷たい男だよ。悪い男だから気をつけな!」
「う……うん」

 まさかレイフィールの口からそのようなセリフが出て来るとは夢にも思わず、エルフェリスは彼の忠告に思わず苦笑してしまった。

 冷たい男、悪い男か。

 ふと三者会議の折にロイズハルトが見せた笑顔が、脳裏をよぎって消えていった。

「……」

 なぜだろう。

 ロイズハルトの事を想うと、息が苦しくなる。どこか壊れてしまったのだろうかと思うほどに。リーディアの話を聞いていた時も、カルディナと一緒にいる姿を目撃した時も、……そしてたった今も。

 心臓が痛くて、エルフェリスは人知れず両腕で自分の身をき抱いていた。そうでもしないと心が、身体が叫び出しそうになる。こんな感覚は、いまだかつて感じたことがない。

 私は一体どうしてしまったのだろう。
 
 この城に来てからというもの、自分の中で何かが変わってしまったというのか。分からない。

 すると突然、隣に腰掛けていたレイフィールがエルフェリスの肩にもたれ掛かってきた。

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