【残040話】聖なる血の裁き(6)

 しかしその間にも残った男たちは次から次へと襲い掛かってきた。

 このままではリーディアの負担は増す一方だと悟ったエルフェリスはふらつく頭を何度も振って、それから肢体したいに力を込めてワンドを杖代わりに立ち上がる。一瞬目の前が真っ暗になり身体がゆらりと揺れたが、手をかけたワンドのクリスタルからエネルギーを補給する事に成功し、何とか応戦できる状態にまで回復すると、ずっともやもやしていた頭も気分も見違えるようにすっきりとし始める。

 だかもう次は無い。次に倒れる時は、自分が大地に還る時となる。キッと顔を上げて、エルフェリスもリーディアと共に戦うべく歩を進めた。

「エルフェリス様! ご無理は……っ!」

 それに気付いたリーディアが制止の声を上げたが、こんな場面で自分はのうのうと守られているだけなんてエルフェリスの気が済まなかった。どんな状況であろうとも、やられたものはやり返す。それがエルフェリスの主義だ。

「大丈夫。私もやるよ!」

 援護攻撃くらいならさほど体力の消耗を気にすることなく行えるし、それにハイブリッドであるリーディアにも危害とならずに連発できるだろう。もちろん戦況が激化してしまったら今のエルフェリスなどただのお荷物になってしまうだろうが、守られているだけなどまっぴらだ。

「やれるとこまではやる! 黙って見てなんかいられないよ!」

 そんなエルフェリスの姿をリーディアは驚きの表情で見つめていたが、すぐに気持ちを汲み取って、自身は反撃に向けて意識を切り替えた。

「かしこまりました。けれど万が一の時に逃げられるだけの体力は残しておいて下さいませね」
「うん」

 先ほどまでほとんど死にかけだったエルフェリスは、リーディアの言葉を嬉しく思って自然と笑っていた。だからリーディアは信頼できるのだと思いながら。

 たとえ種族は違えども、ヴァンパイアであったとしても、彼女はエルフェリスの意志を尊重し、そして心配してくれる。どんな場面においても。

「ごめんリーディア。いつもありがと!」
「くす。エルフェリス様は謝りすぎですわ」

 いくらか元気を取り戻したエルフェリスの様子にリーディアも胸を撫でおろしたのか、眉尻を下げて微笑んだ。目前にハイブリッドたちが迫っているというのに、今のリーディアには溢れる余裕のようなものが感じられた。きっとここまで彼女に余裕を与えてしまった男たちは、すぐに後悔することとなるだろう。その身をもって。

 そしてそれは決して先のことではないはずだ。

 ✝ ✝ ✝ ✝ ✝

「ねぇデューン? さっきから泉の方の空が明るいんだけど……この辺りって白夜だったっけ? てか、もしかして今夜は特別夜明けが早いとか?」

 

 窓際に置かれたソファに身を投げ出したままの状態で、レイフィールはぼんやり外を眺めながら、少し離れた椅子に腰掛けるデューンヴァイスになにげなくそう問い掛けた。

  

 するとデューンヴァイスは目を落としていた分厚い書物から顔を上げると、呆れたような笑みを浮かべてレイフィールの方を一瞥する。

  

「お前なぁ……ついに自然のことわりも判らなくなったのか?」

  

 そう言いながら悪戯いたずらに目を細めるデューンヴァイス。それをレイフィールはちらっと横目で見やった後、むうっと頬を膨らませた。

  

「違うよー! てかデューンこそ眼鏡なんか掛けちゃって、こんな時だけインテリぶるのやめろよな!」
「ぶってんじゃなくてインテリなの。闘将たる者、時に知将たれ。……てな」

  

 今はシードとして自分ただ一人だけになった一族の信念を例えに出して、にやりと笑ったデューンヴァイスだったが、レイフィールの言葉を受けて外の景色を確認するために立ち上がった。読んでいた本を無造作に放り投げ、レイフィールの寝転がるソファの隣までやって来ると、出窓から身を乗り出すように外界に目を向ける。

  

「……あん?」

  

 そしてとある一点に視線が達すると同時に、デューンヴァイスはセピアゴールドの瞳を細めて怪訝けげんそうに声を上げた。

  

「ね? 変でしょ? オレンジだよオレンジ。朝焼けでも夕焼けでもないのにあんな色……大量自殺かなぁ」

  

 うつ伏せのまま頬杖を付いて、レイフィールはなぜか楽しそうに足をバタつかせた。しかしデューンヴァイスは大きな溜め息と共にレイフィールを牽制けんせいする。

  

「バーカ。光も無いのにどうやって発火すんだよ! あれやべぇぞ。俺行って来るからお前は留守頼んだぞ!」

  

 デューンヴァイスは言うや否や、着けていた眼鏡を外し、椅子に掛けてあった黒のロングジャケットを羽織って、勢いよく部屋を飛び出そうとした。しかしドアを開けたところでピタッと動きを止めると、小首を傾げるレイフィールを振り返る。

  

「そういえばロイズは? 戻ってきたのか?」

  

 そして険しい表情のままそれだけを尋ねる。するとレイフィールは少し身を起こしてゆるゆると首を振った。

  

「それが今回は何の連絡も無いんだよね。どうなってんのかさっぱりさ」
「ふん。珍しく手こずってんのか。……まぁいい。じゃあ頼んだぞ。お前そのまま寝たりすんなよ!」
「分かってますよー。それよりほら。早く行った方がいいんじゃない? また燃えてる」

  

 とろんとした目でレイフィールは赤く染まる空を指差した。それを見たデューンヴァイスが慌しく部屋を後にする。その足音が聞こえなくなるまで、レイフィールはじっとデューンヴァイスが出て行ったドアを見つめていた。

  

 そして呟く。

  

「生き難い世の中になったよね、まったく」

  

 勢いよく身を起こして、改めてオレンジ色に染まる景色を眺めるレイフィールの表情は、見たこともないほど鋭く引き締められていた。

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