Dream13.凍える夜
それからしばらくして、壊れて行く手を阻んでいた橋が仮復興し通行可能になった。
足止めを強いられていた旅人たちは一人また一人と街道に姿を消して行き、私達も慌ただしく出立の支度を整えた。
東の魔術師の元まであと少し。
クライスらの愛馬達は十分な休養を取ったせいか、前に乗った時よりも足並みが軽い気がした。
すっきりとした晴天の中を流れていく景色が少し勿体無い。
「魔術師さんのところまであとどれくらい?」
首だけを後ろに捻って、手綱を握るクライスに問い掛ける。
するとクライスはしっかり前を見据えたまま、隣を走るセシルドの方に馬を寄せた。
「一日半てところかな? リュイ、地図を見てくれるか。左の袋に入ってるはずだ」
「あ、はいはい」
セシルドの背中にしがみついていたリュイはゴソゴソと物資の袋を探ると、ややくたびれた地図を片手で器用に広げた。
そして小首を傾げながら今いる場所を探し出す。
「うーん、だいたいクライスの言う通りだと思いますよ。けれどこの先休めるような村だとかは無さそうですねぇ……」
「えっ、まさか野宿?」
私の顔に浮かぶのはまさにあからさまと言った嫌がり顔。
「なんだ? そんなにイヤなのかよ。意外と楽しいぜ?」
黒毛の馬を駆りながら、瞳だけを私に向けてセシルドは楽しそうに笑った。
けれど、楽しいぜって言われても、それなりの都会育ちの私には本当の野宿の経験なんてないのだ。
動物だけならまだしも、得体の知れない夢魔までうろついているこの世界。
できれば安全なところで休みたいと思うのが普通だろう。
「あたし一応女なんですけどッ! アンタと違って野生児じゃないの」
「そんな変わんねーだろーが」
私の反論はあっさり鼻で笑われてしまった。
そしてあっという間に陽は傾いてきて、私達は街道近くの適度な広場を選び夜を明かすことになった。
暗くならないうちに野宿の準備を終えねば面倒だと言うことで、早々に馬を下りる。
馬を近くの木に繋ぐと、セシルドは物資の中に丸めて入れていたテントを手早く張って寝床を確保し、落ちていた枯れ枝を集めて火を焚いた。
クライスとリュイは地図を広げて場所を確認した後、近くを流れているであろう川へ水の調達に行った。
そして私は一人役立たず。
美味しそうに足元の草をモシャモシャ食べる馬達を、膝を抱えてジッと見つめていた。
「そんなトコでいじけてんな金魚。火に寄れ。夜は冷える」
私の背後で黙々と作業していたはずのセシルドが、いつの間にか目の前に屈んで私の顔を覗き込んでいた。
「おわっ」
ビックリした拍子に体が後ろに傾いてバランスが崩れる。
「おっと」
危うく尻もちをつきそうになったが、不格好なまま宙に投げ出された腕をセシルドに引かれ、寸前で体勢を立て直した。
「べ……別にいじけてないし!」
「そっかぁ? ひっでぇ顔してたぜ?」
「うるさい! 金魚って呼ぶな!」
「今はそこ突っ込むとこじゃねぇな」
歯を剥き出しにしてヒヒヒと悪戯に笑うセシルドに対して、私は負けじとムキになって反論する。
「だいたいアンタ年下なんだから年上を敬いなさいよ!」
「あ? オメーのが年下だろーが」
「残念でした! あたしは十七歳ですぅ」
十七と聞いて一瞬セシルドは怯んだようだが……。
「まぁ十七だとしても……見た目がな……」
ふっ、と溜め息を漏らした。
今度は私が怯む。
痛いところを突かれてしまった。見た目、気にしてるのに!
そうこうしているうちに、前方から大きな革袋を抱えたリュイの姿が目に入った。
「あ、リュイだ! おかえりなさーい」
私が屈んだまま大きく手を振ると、セシルドもそのままの状態で首だけをリュイに向けた。
そして二人とも立ち上がってリュイが来るのを待つ。
「魚がいましたよ。焼いて食べましょう」
私達の元までやってくるなり、リュイは革袋の口を開けて、魚を取り出して見せた。
「わ~いっぱい穫れたね!」
「うまそー」
魚が何匹も入った革袋を覗いて喜ぶ私とセシルドに、リュイが遠慮がちに声を掛ける。
「ところで……」
何事かと思って二人同時に顔を上げると。
「もしかしてお邪魔しちゃいました?」
にっこり笑うリュイの笑顔。
訳が分からずキョトンとしていると、リュイは静かに私とセシルドの間を指差した。
その指に導かれるように視線を動かすと……未だに繋がったままの私とセシルドの腕。
☆?◆▽■〇ッ!!
「わーわわわ! 誤解だって誤解! これはさっき転びそうになって!」
「意味はねぇよ意味はッ!」
「おやおや」
私達の必死の弁解に、リュイはただクスクスと苦笑していた。
それからまもなくクライスも戻り、今朝出発前に街で調達しておいた食糧を少しと、リュイが川で穫ってきた魚を数匹食べて、私達は早々にテントに潜り込んだ。
夜も更けてきた為か、あちらこちらから動物の鳴く声がする。
ネオンもビルもないこの世界の夜はひどく静かで逆に落ち着かなかった。
広いテントの中で横になってもなかなか寝付けない。
しかも近くで火を焚いているにも関わらず、肩口や爪先からじわじわと冷たい空気が侵入してきていた。
掛けた毛布ごと体を小さく丸めて、少しでも熱を逃がさないように両足を擦り合わせる。
すると、急に何かが体の上に落ちてきた。
びっくりしてわずかに身を起こすと、そこにはもう一枚の毛布が。
そして同時に、静かにテントを出て火の番に戻るセシルドの背中が目に入った。
もしかして……?
周りを見回しても、リュイとクライスは気持ちよさそうに寝息を立てている。
あ……。
「……ありがと」
毛布の端を体の方に引き寄せながら、私は小さく呟いた。
「おう」
同じくらい小さな返事が返ってきたのは、ちょっとだけ間を置いてからだった。
――なんだ。
優しいじゃん、セシルド。