【残074話】反逆のヴィーダ(2)

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「あの……さ……」
「ん?」

 いまいち歯切れの悪いエルフェリスに、レイフィールはきょとんとしたまま首をかしげていたが、ロイズハルトは何かを見抜くような眼差しをらそうとはしなかった。

 言いたい事があるならば言え。そう言われているような気がした。

「あのさ……私もヴィーダに行く!」

「は?」

 この突然の宣言にはさすがに驚いたのか、レイフィールもロイズハルトも口をあんぐり開けたまま、しばらく呆然としていた。

 レイフィールに至っては、「何を言ってるの?」と何度も何度も目をいている。

 すぐに受け入れてもらえるような要求だとはエルフェリスも思ってはいなかった。恐らくは自分がいては足手まといになるなどと拒絶されると思っていた。だから一瞬ではあるが、言うのを躊躇ためらった。

 けれどこれは決して行き当たりばったりな考えだったわけではなく、ハイブリッドの襲撃があったと聞いた瞬間からずっと心に決めていたことだった。

 エルフェリスは現状、表向きは共存の盟約の円滑な遂行を見守るためにこの城に置いてもらってはいるが、本当の目的は姉エリーゼの行方を捜すことだった。

 この城に来てからというもの、エルフェリスは前者を後回しにして後者ばかりを優先させていた。だから。今こそ盟約の守人としての役目を果たす時ではないか。

 人間とヴァンパイアの共存を壊そうとする者は何人たりとも、たとえそれが自分と同じ人間であろうとも、その野望は潰さねばならない。

 初めは半信半疑だった。

 かてとする者、糧とされる者。両者が果たして本当に同じ世を共に生きていけるものかと疑っていた。

 でもここへ来てから、それが決して不可能なことではないのだと確信するようになった。少なくともシードである彼らは努力してくれている。

 この人たちがヴァンパイアのいただきにいる限りはきっと、それは決して夢で終わるものでは無いのだと確信できるようになった。

 だからエルフェリスも本当に実現できるものならば、この目で見届けてみたいと思うのだ。

 でも、そこへ至るまでにはあまりにも障害が多すぎる。それなら自分も何らかの形で力になりたい。

「いいでしょ? 私も行く」

 再度決意を固めるエルフェリスを、ロイズハルトとレイフィールはどうしたものかといわんばかりの顔で見つめていた。

 でもここで退くわけにはいかない。

「ダメだって言われても行くよ? 私は司祭の名代として盟約を見守る者。でもそれ以前に私は人間。同族の村がハイブリッドに滅ぼされたかもしれないのに、ここから黙って見ていることなんてできないよ!」

 話しているうちにだんだんと感情が高まって、気付けばソファから立ち上がっていた。

 少し興奮し過ぎたのかもしれない。息も少し乱れてしまっていた。

 けれどそんなエルフェリスを見つめる二色の瞳は色を変えない。

「ヴィーダは今、戦場同然だ。そんなところにエルを連れては行けない」

 そしてその瞳と同じような紫暗しあんの声できっぱりと断言された。

「カルディナの仕組んだあの夜とは比にならないくらい危険な状態になっているかもしれない。そんなところへ行ってみろ。あっさり殺されてしまうかもしれないんだぞ?」

 だから悪い事は言わない、思いとどまれ、とロイズハルトはやや力んだ口調で付け加えた。

 それでも。

「嫌。私は行くよ。ロイズが連れてってくれないなら一人で行く! レイ、地図ちょうだい!」
「ええ? そんなの用意してないよ! それに城の外を一人で行くのは危ないって! 殺されちゃうよ!」
「じゃあどうすればいいの? 私は人間としてヴィーダの最期を見届けたいだけなのに……それすらもできないなんて……悔しい」

 無意識に握り締めた拳に食い込んでいく爪の痛みが、ヴィーダに散った人々の無念を伝えてくるようだった。掌に走る痛みは鋭く、この身を燃やす。

「気持ちは分かる。だがこうなってしまった以上、レイとデューンには守りを固めるためにこの城に残ってもらうしかないし、そうなるとヴィーダへ行けるのはこの俺一人だ。それに向こうへ行ってからは付きっ切りでエルを守ってやることができないかもしれない。そんな不安定な状態を分かっていながら易々やすやすと連れて行くわけにはいかない」
「守ってなんかくれなくても良いよ! 死んだら死んだでそういう運命だったって覚悟くらいある……。だからお願い! 私を連れてって下さい!」

 これが最後の主張。エルフェリスのすべての心を込めて、向かい合うロイズハルトに頭を下げた。

 どうしても、どうしてもヴィーダに行きたくて。どうしても、どうしてもヴィーダの惨状さんじょうを見届けたくて。

 エルフェリスはずっと、自分の爪先だけを睨み付けていた。

 だから今、ロイズハルトとレイフィールがどんな顔をして自分を見ているかだなんて見当も付かず、でも、ふとエルフェリスの名を呟いたレイフィールの声がわずかに震えていたのは、エルフェリスにも何となく分かった気がした。

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