十 残 十097話 カウントダウン(1)【恋愛ダークファンタジー小説】

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 その昔。

 ヴァンパイアは人間よりも遥か上位に君臨くんりんしていた。

 それはヴァンパイアが人の生き血をかてとするから。

 光の届かない闇の奥深くに生息し、夜に舞う毒蝶どくちょうのようなヴァンパイア。

 美しい夜蝶は人を魅了し、人を誘惑し、そして人を狩る。

 その非情さに、けれどもその美しさに人間は屈服せざるを得なかった。

 非力な人間に勝ち目など無いのだと。

 誰もが天をあおぎ、夜の訪れが少しでも遅からんことを祈るのみだった。

 しかしある時、人は気付いてしまうのだ。太陽の光を浴びたヴァンパイアが灰と化す事実に。

 完全無欠であったはずの侵略者の弱点を見出した人間たちが反旗をひるがえすまでには、そうそう時間は掛らなかった。

 人々は思い思いの武器を手に、太陽の光を盾として、夜の支配者へと立ち向かうことを決意したのだった。

 やがてそれは大きな渦となり、今日まで続く混沌の世を形成していった。

 そして今。

 光の中でも生きる術を見つけたヴァンパイアが現れた。

 それがどのようなことを意味するのかも、何も語らずとも人々は瞬時に悟り、思い知るだろう。

 世界が再び、変わろうとしている。

 東の空が少しずつ朝焼けに染まり始めていた。

 それとともに失われていたエルフェリスやハンターの視力も、次第に元の輝きを取り戻しつつあった。

 それはヴァンパイア優勢の時間から、ハンター優勢の時間へと移行することも同時に示している。

 陽が昇り切れば、たとえロイズハルトやルイとて万全の力で戦うことは恐らくかなわない。何らかの代償を伴って、光の中で生きていくのだろう。

 そうでなければ日常にあっても、わざわざ光を避けて行動する必要などないわけで、堂々と太陽の照り付ける中を闊歩かっぽするヴァンパイアの姿が当たり前の光景となっているはずだ。

 しかし彼らの居城は冷たくて暗い闇に閉ざされている。

 その窓にめ込まれている大きな遮光のガラスは突き抜けるような太陽の光をさえぎり、等しく与えられるべきその温もりさえも冷酷に遮断していた。

 そしていつかレイフィールが言っていたあの言葉。

 ――太陽の光を浴びたら、僕たちは灰になってしまう。

 確かにあの時、彼はそう言っていた。エリーゼへの手掛かりを掴んだあの夜に。

 そういえば、エリーゼとの再会は果たしたものの、たいして接触もしないままエルフェリスはこのヴィーダへとやって来てしまった。

 エリーゼ……。彼女は今、どうしているのだろう。

 あの冷たい城の中で、何を考えながら生きているのだろう。

 大切なルイのこと? それとも、同じようにルイを想うドールたちのこと?

 それとも……?

 その思考回路の中にはエルフェリスという存在はいるのだろうか……?

 そんなことを考えていた時だった。

「……ッ」

 エルフェリスの鼻先からほんの紙一重のところを、ハンターの放ったいましめのチェーンがかすめていった。

 その光景をどこか他人事ひとごとのように見つめながらもエルフェリスは瞬時に目を見開いてはっと我に返る。

 そうだった。

 ここは戦場。ぼけっとしている場合ではなかった。

 もうこれ以上、誰の足も引っ張ることはできない。今まで何度も危ないところをロイズハルトたちに助けられてここまで来たのだから。

 彼らの為に、自分は最低でも足手まといにならないよう行動しなくてはならない。

 それなのに……。

「しつっこいなぁ」

 いらっとするほどに、ハンターの標的として選ばれたのはエルフェリスであった。

 あっちへ逃げてもこっちへ逃げても、常に数人の男たちに追い回される。

「何なのもう! うざいなぁ!」

 神聖魔法使いの神官が、まさかハンターの標的にされるなんて聞いたことがない。それに。

「聖職者に危害を加えるなんて法律違反じゃないの!」

 この期に及んで、エルフェリスの口からは少々的外れな不満すら溢れ落ちていた。

 厳密に言えば、そのような法律など存在しないのだが、聖職者とハンターの関係は対等で、それは当然ヴァンパイアを同じ敵としてとらえることが人間の常識であったため、そもそも聖職者とハンターがヴァンパイア側と人間側に分かれて対立する想定がなされていないからであった。

 そのような状況の中、最初の事例を作ってしまったエルフェリスであったが、いくら知られていないとはいえエルフェリスはれっきとした聖職者であり、人間である。

 まず先にエルフェリスを捕えれば、あるいはロイズハルトたちの攻撃を止められるとでも考えたのかもしれないが、それにしてもハンターたちの攻勢はしつこく、エルフェリスの心中に鋭い刺をいくつも作り出した。

 確かに自分が一番弱い。それはエルフェリス自身、重々承知の上だ。

 けれど、だからといって一人前のハンターが、しかも男が寄ってたかって女のエルフェリスを追い回さなくても良いじゃないか。

「……むかつく……」

 バカにされているようで心底腹が立った。

 ヴァンパイアとハンター入り乱れるこの状況では、むやみやたらに神聖魔法は使えない。

 エルフェリスの魔法は本来ヴァンパイアと対抗するために生み出された力。

 タイミングを誤ればロイズハルトとルイの命を奪ってしまうかもしれないその力を、たとえ威嚇を前提にしても使うはずがないと向こうも考えているのだろう。

 何もできないで逃げ回るだけの獲物を捕えるには、複数人でじわじわと包囲網を狭めていくのが一番だということくらいはエルフェリスにも解る。

 自分は今や、その獲物として力尽き捕えられる時を待つだけの存在。……になってやるつもりなど毛頭ないけれど。

 腹が立つ。

 腹が立つ。

 久しぶりに顔を覗かせた気の短い”エルフェリス”が、にわかに反撃のチャンスをうかがい出すのが感じられた。

 このまま逃げ回るだけなんて体力の無駄だし、それに何よりしゃくではないか。

 聖職者は大人しくて非力。そのイメージを今こそ払拭ふっしょくしてやる。

 ヴァンパイアに対抗するための最後の砦として存在する神聖魔法使いの底力を、今こそハンターたちに見せつけてやる。

 後悔したってし切れないくらいに後悔させてやる!

「一、二、三、四……五」

 とにかく形勢逆転のチャンスを狙いつつも、自分の後を追って来るハンターたちの大まかな数を把握しようと、エルフェリスは必死に四方八方へと視線を走らせた。

 その先にはロイズハルトやルイ、そしてカイルの姿も見える。

 空は赤く、燃える上がるようだった。

 もうすぐ太陽の光がこの戦場を駆け抜けていくだろう。

 しかし今のところロイズハルトもルイも、その様子に主だった変化は無い。

 ほっと胸を撫で下ろす一方で、昇り来る太陽への不安が一気に押し寄せてくるようだった。

 ――どうなるのだろう……と。

 この場にいる誰もが、陽の中で動くヴァンパイアを知らないのだ。そして本当にそのようにいられるのかも。

 体中の血液が逆流するような感覚を必死に抑えながら、その瞬間に向けてエルフェリスは静かに覚悟を決めた。

 彼らが太陽に焼かれる姿は……見たくない。

 ぐっと唇を噛み締めて、改めて後を追って来る男たちに意識を移す。

 そしてその中で、一際図体のでかくて腕っ節の強そうな男を見つけてその男に照準を定めた。

 エルフェリスの魔法の威力を試すにはもってこいだ。

「ああ、どうか……失敗しませんように」

 心の中で都合良く神に祈りを捧げる。

 そして次の瞬間、エルフェリスはぴたっと足を止めた。

 それにならって、ハンターたちも少しの距離を保って立ち止った。

「お? ついに諦めたのか?」

 などという能天気な言葉とともに。

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