【残021話】リーディアの過去(1)

 女の噂と結束力は、どうしてあんなに強大なのだろうといつも思っていた。昨日の敵は今日の仲間、今日の仲間は明日の敵、といわんばかりに刻一刻とメンバーを入れ替えながら、いつか飽きるまで続いていくのだ。

 やられる側としては針のむしろ。

 じわりじわりと真綿で首を絞められていくような感じなのだろう。

「ああ、またッ」

 部屋のドアを開けたリーディアが、一秒もしないうちにそう叫んだ。遅れて顔を出したエルフェリスも、またか、とうんざりした表情を隠そうともしない。

 エルフェリスが居城内の衣装部屋でカルディナと出会った翌日から、エルフェリスの部屋の前に毎日不審な箱が届くようになった。一日目はズタズタに引き裂かれたドレス。二日目は泥にまみれたブーツ。そして三日目、四日目は……いちいち覚えるのも面倒くさい。

「悪質ですわ。さっさと処分してしまいましょう!」

 エルフェリスが中身を確認する前にリーディアがその箱をさっさと持ち去ろうとするということは、今日は相当まずい物でも入っていたのだろうか。一応確認させてくれと主張してみたものの、今日ばかりはダメだとリーディアに強く押し返されてしまった。

 それどころか。

「大体! エルフェリス様もエルフェリス様です! いい加減シードの方々に苦情の一つでも言ったらどうですの? このままではエスカレートする一方ですわよ」

 毎日毎日腹を立てつつも、それでも最後は「悪い悪戯だ、気にするな」と笑って終わらせていた彼女も、さすがに今日という今日は我慢の限界を超えたらしい。一度持ち上げた箱を足元に置いて、くどくどくどくど説教は続く。

「とにかく! さっさとお着替えになって! ちょうど今日は月に一度の庭園茶会の日ですし、私がシードの方々にガツンと言って差し上げますわ!」

 リーディアはそう言うと、声高らかに握り締めた拳を振り上げた。あまりの勢いに、エルフェリスが腰を抜かしそうになる。

「いいよいいよリーディア! ほっとけば良いんだって!」
「いいえ! いくらなんでもこれは悪質ですわ! それにエルフェリス様の身辺警護を承ったからには、危害を加えようとする輩を厳しく排除しなければなりません。それに……これはドールの仕業でしょう。彼女らは毎回自らの所有者が新しいドールをお迎えになる度、このような仕打ちを繰り返してきました。こんな風潮はどこかで誰かが断ち切らねばなりません」

 リーディアの力説に、エルフェリスはすっかり言葉を失ってしまった。ただの居候であるエルフェリスがドールたちの嫉妬の対象になっているかもしれないという意味とも取れるからだ。ドールを持たない主義のデューンヴァイスはともかく、ロイズハルトやレイフィール、それにこの城に駐留している上位ハイブリッドに至るまで、エルフェリスはほとんど接触する機会すらなかったのに。

「ドールでない人間がこの城に居住すること自体ほとんど前例が無い上に、エルフェリス様は女性。ドールたちは一種の危機感を感じているのかもしれませんわ」

 やや落ち着きを取り戻して、リーディアがそう言う。けれど……。

「ドールになる気も、ハイブリッドになる気もないよ!」
「そんなこと、彼女たちにはどうでもいいのです。問題はエルフェリス様のお気持ちではなくて所有者であるシード方のお気持ちなのです」
「どういうこと?」

 いまいち話が見えずに、エルフェリスはただただ首を振る。するとリーディアは着替えのドレスをエルフェリスに手渡しながらこう言った。

「デューン様のお心をとらえたエルフェリス様を、みな恐れているのでしょう」

 くすくすと笑うリーディアの言葉に面食らったエルフェリスは、着替えの手を止めて全力で否定した。

「違うよ! デューンは私をからかってるだけだって。深い意味なんかないよ」
「それなのですわ」
「え?」

 からかわれているのがどうしてドールの嫉妬に繋がるのだ。ますます意味が分からないとエルフェリスは首を傾げる。

 たとえばデューンヴァイスがエルフェリスにはっきりとした好意を示しているのなら理解できる。でも違う。デューンヴァイスはエルフェリスをからかって楽しんでいるだけだ。ドールがエルフェリスを恐れる理由などどこにも無い。それなのに?

「デューン様は他のヴァンパイアと違って身体がしっかりなさっているでしょう? 彼は本来シードの中でも武闘派、闘将一族の方なのですわ」
「とう……しょう?」
「ええ。ヴァンプの中でも特に体力的に優れた一族の血を引く方で、その能力を生かして大きな戦争などでは中核として活躍されたりもしていました。昔の話ですが……。彼ら一族はほとんどの方がドールをお持ちではありませんでした。デューン様もその中のお一人。そんなあの方が初めて女性に興味を示されたのです。ドールの心中は穏やかでなくて当然ですわ」
「買いかぶり過ぎだって」

 人間とヴァンパイアの間で戦争があったことは、エルフェリスも文献や人伝ひとづてなどで知っていた。それはもちろん盟約締結以前の出来事。記録では数度とされるその戦いは、いずれも人間側から引き起こされたもので、決着という決着はつかなかったとされる。しかし本来ヴァンパイアの弱点ともいえる体力の欠如をもろともせず、肉弾戦においても凄まじいまでの力を発揮した者たちがいたことを、その文献の筆者は特筆していた。

 あのデューンヴァイスがその一族の血を引くヴァンパイアとは。

「でも……そういう人なんだ。だからあんなに観察深いんだね」
「ええ。闘将一族ただお独りになった今でも、デューン様は常に城内に出入りする者たちには目を光らせております。だからその責務の妨げとならぬよう、ドールをお持ちにならないのです。ドールは血を提供するだけの存在ではありませんからね」

 この前聞きそびれてしまったが、デューンヴァイスがドールを持たないのにはそんな理由があったのか、とエルフェリスはひとり納得した。確かに、ドールは血の為だけに存在するわけではない。昔からドールはヴァンパイアにとって、いわゆる愛妾のような役割も果たす者たちだと言われてきた。居城の平安を見守る者にとっては、愛欲まみれのドールは時に邪魔な存在となり得るのだろう。

「ヘラヘラしてるのに意外と硬派なんだね」
「ええ。歴代のどんな美姫びきがデューン様に迫っても、見向きもされなかったらしいですからね」
「はは。どんな顔して振るのか見たかったなぁ」

 エルフェリスはそう言うと、笑いながらもドレスに袖を通し、姿見の前に立って細かいところを調整した。曲がったスカートを調えて、少し上に持ち上がった袖も伸ばす。

「よし、完璧! どう?」
「素敵だと思いますわ。髪が伸びれば本当にお人形のよう」

 胸の前で両手を合わせるリーディアは、斜め後ろからエルフェリスの姿を見るなり少女のようにはしゃいだ。共に今日の茶会に参加できることをとても楽しみにしてくれていたようだ。事前にどのような催しで、どのように振る舞えば良いのかなどレクチャーしてくれる中でも、彼女の高揚感が伝わってくるようだった。

 そんなリーディアの期待に応えるかのように、ふわふわ弾む膝丈のスカートにエルフェリスの心も躍る。ドレスの色は黒かったが、惜し気もなくレースがふんだんに使われていて、とても綺麗なデザインだとこれを選んだ自分を褒めてやりたくなった。

 カルディナと出会ったあの日に、適当に掴んで持ってきたドレスのうちの一つだったが、思いのほかエルフェリスの気に入る一枚となっていた。あれからリーディアが居城に戻ってくるまでの数日間部屋に引き篭もって、もらったドレスをすべて好みの形に作り替えた。

 着慣れない上に、やたらと長い裾を引き摺って歩くのは好きじゃないし、やはり見た目よりも動きやすさの方がエルフェリスにとっては重要だったのだ。ドールと同じような格好をするのに正直気が引けたという事実もあったが。

 村では何でも自分の事は自分でしなければならなかったお陰で針仕事も一通りこなせたエルフェリスにとって、作業自体は苦痛ではなかった。ただ、単純に丈を詰めただけの直しでは納得できず、華美な装飾を外してみたり、レースを違うところに縫い付けてみたりとエルフェリスなりのこだわりが随所に発揮されてしまった分、時間と手間はかなり掛かった。それでも最後は、適当に持ってきた割にはどのドレスも気に入る仕上がりになったとエルフェリスは満足していた。

「こんなにドレス改造しちゃったら、明日から箱の数増えちゃったりしてね」

 冗談ぽくそう言うエルフェリスに、リーディアはくすくす笑って「阻止してみせる」と意気込んだ。

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