【残065話】雨の夜の再会(4)

✚残065話 雨の夜の再会(4)✚

 赤くなったりあおくなったり、今夜は本当に忙しい。

 心底疲れ果てた体を少し休めようと、エルフェリスもソファに深く身を沈めた。しかしそこでふと気付いたことがあった。

「……てかなんで私たち並んで座ってんの?」

 向かいにもソファがあるにもかかわらず、エルフェリスたちは三人仲良く並んで座っていた。

「そーだよロイズ! せっかくエルと二人きりだったのに邪魔すんな。てかドールはどうしたんだよ。最近ちっともドール連れてねぇけど?」

 そして何やら少しいじけ気味のデューンヴァイスは、あからさまに口をとがらせて抗議の声を上げた。

 その言葉にわずかながらもロイズハルトの表情にかげりが差す。

 どうしたのだろうと思っていると、ロイズハルトは一人苦笑しながら肩をすくめた。

「ドールとは必要以上に接触しないようにしたんだよ。またあのようなドールを出さないためにもな」

 遠慮がちにそう呟いて、ロイズハルトは紫暗しあんの瞳をそっと伏せた。

 その姿に、エルフェリスの胸にちくりと痛みが走る。

 あのようなドールとは、恐らくカルディナのことを言っているのだろう。

 これまでロイズハルトはいつでもどこでもドールを伴っていた。そしてプライベートな時間のほとんどをドールたちと過ごしていたことも、リーディアやレイフィールのドールたちから聞いて知っている。

 特定のたった一人を決めないだけで、彼はすべてのドールを同じように大切にしてくれていたとも言っていた。大切にしてくれるから、思わぬ夢を見てしまうのだと。

 それでも構わないじゃないかとエルフェリスは思っていた。初めは夢と諦めていても、憧れても、いつかは叶うかもしれないのだから。

 いつかは現実になるかもしれない。

 だから決して夢を見ることは悪いことではないのだと、エルフェリスは思っていた。

 けれど忘れもしないあの日の夜。ロイズハルトの優しさが裏目に出てしまった。

 よもや自分が当事者となるとは思いも寄らなかったが……。

 あの事件以降、それまで城内でも無類の勢力をふるっていたロイズハルトのドールらはすっかり息をひそめている。

 事件の首謀者しゅぼうしゃであったカルディナに加え、アルーンとイクティという二人のドールもひそかに犠牲になったあの一件から、ロイズハルトのドールたちは城内からぱったりと姿を消してしまった。

 時おり見掛けはしても、あちらからは決して近付いてこようとはしない。ひたすら影に隠れるように、他のドールやヴァンパイアの目から逃れるように、ひっそりと暮らしているのだといわれていた。

 そんな姿を見かける度に、エルフェリスの心の奥底からは言いようのない感情が湧き上がる。

 どうやらロイズハルトの方からドールたちを突き放したようだという噂も流れていたが、それがすべて自分のせいに思えて落ち着かなかった。

 自分がここに来なければ、どれもこれも起こり得なかった事件だったのだから。

 本来ならばこんなにぎゃーぎゃー騒いでいられる立場ではないのにと、少しだけ気分が沈んだ。ゆっくりとではあるが確実に目線が下がっていくのを感じる。

 そんな中、タイミング良くロイズハルトの手がエルフェリスの頭を撫でてきた。

 どうしてだろう。

 彼はいつも、まるでエルフェリスの心の内を見透みすかしているかのごとく、心が沈む度にこうやって手を伸ばしては、優しく髪を撫でてくれる。

 どうしてだろう。

 ――どうして?

 口をつぐんでいたって、ロイズハルトはそれを見抜いてしまうのだろうか。

 心を見抜いているのだろうか。

 瞳の中のロイズハルトが、一瞬だけ揺らめいた。

 それと同時に彼はエルフェリスから手を離すと、再び腕組みをして小さく噴き出す。

「二人してそんなへこんだ顔するな。兄妹みたいだ」

 そうしてそう言うと、きょとんとしているエルフェリスとデューンヴァイスを交互に見比べて、また笑った。

 明るく弾むその声に、エルフェリスもデューンヴァイスもすぐさまはっとして反論する。

「兄妹じゃなくて恋人の間違いだろ」とデューンヴァイスが言うと、エルフェリスは大慌てでそれを否定し、代わりに「私はこんなに色白じゃないし!」と叫べば、デューンヴァイスからは無言の鉄拳が飛んできた。

 再び変わったその場の空気に安堵あんどしたのもつかの間。すぐにまた会話が途切れる。

「……」

 外で降り続く雨がいっそう強まったのだろうか。まるで地上に叩き付けるように落ちてくる雨音が、城内にあっても響いてくる。

 その音を聞きながら、全員が全員、誰かが口を開くのをじっと待った。

 ざあざあと、雨が降り注ぐ。

「……エル。……話があるんだ」

 しばらくの沈黙の後、静かな声でそう呟いたのはロイズハルトだった。

 雨にき消されてしまうのではないかと思うほどに、小さく囁かれたロイズハルトの声。

 けれど、彼のすぐ隣にいたエルフェリスには確かに、その声が聞こえたはずだった。

 間違いなく。

 聞こえていたはずだったのに。

 ――それよりも先に、彼女は見つけてしまった。

 一瞬だけ回廊かいろうの向こうに姿を現した一人の女性の姿を。

「――ッ!」

 たったその瞬間だけで、体中の血液が物凄い勢いで逆流を始めたかのような感覚に襲われた。

 急に速度を速めた鼓動は呼吸を乱し、言葉を失くした口からは声にならない声がぱくぱくと零れ落ちていった。

 そして次の瞬間。

 エルフェリスは無意識に走り出していた。

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