「二人とも殺して良いと言われているんでね」
男の中の一人がそう言って、白い牙を覗かせた。
「誰の差し金ですの……」
そんな中、ようやく息を整えたリーディアがゆらりと立ち上がり、エルフェリスを庇うように一歩前へ進み出た。
満身創痍の体でなおも自分を守ろうとするリーディアを、エルフェリスはすぐさま止めようと手を伸ばしたが、その背中に走った大きな太刀傷が目に入り、エルフェリスは思わずその手を止め、そして言葉を失った。白い肌に浮かぶ赤い傷からは少しだけ血が滲み出ている。
慎重に傷の具合を観察してみたが、どうやらそれほど深いものではなさそうだった。ひとまずはほっと胸を撫で下ろし、エルフェリスも改めてリーディアと肩を並べようと立ち上がる。
だが、ふいにくらりと眩暈に襲われて、不覚にもその場でよろめいてしまった。
「エルフェリス様!」
それに気付いたリーディアがふらつくエルフェリスの身体をとっさに支える。同時に彼女はエルフェリスの体を見回して、ある異変に気が付いた。
「――ッ! 失礼、エルフェリス様!」
さっと顔色を変えたリーディアがエルフェリスの足元に屈み込む。それに合わせてエルフェリスも何だろうと不思議に思いながら、何気なく視線を足元へやった。
足首に赤い葉のような物が巻き付いていた。
「?」
エルフェリスが何だか分からずに朦朧としていると、青ざめたリーディアが真剣な顔付きで見上げてくる。
「少し痛みますわよ」
リーディアの忠告の意味が分からずに、エルフェリスはなおも戸惑いを隠せずにいた。だがそんなエルフェリスに構わず、リーディアは足首にへばり付く赤い物体に手を伸ばすと、それを力いっぱい引いた。
「ひッ……!」
途端にきつく爪を立てられたような痛みがエルフェリスの足に襲いかかる。あまりの痛みに再び足元に目をやると、その物体がいつの間にか足にしっかりと根を張っている様子が見て取れた。
異様な光景にエルフェリスは思わず息を呑む。
「な……なんなのこれ……」
呟くエルフェリスの身体が恐怖と驚愕で震え始めたところで、待っていましたとばかりに対岸から声が掛けられた。
「吸血水中花だよ、エルフェリスさん」
男の中の一人が、楽しそうに声を張り上げた。
「吸血……水中花?」
震える声を抑えながら聞き返すと、男はにやにやしながらこう続ける。
「ロイズ様のご命令で数日前に泉に放しといたのさ。それならば誰の手を汚すことなくお前たちを葬り去れるとな!」
「まさか……!」
男の言葉に、リーディアも顔面蒼白のまま否定の意を唱えた。まさかロイズハルトがそのような命を下すわけが無いと何度も呟いて……。
エルフェリスとしても、突然ロイズハルトに命を狙われる理由が分からずに混乱していた。
確かに三者会議のためだけに呼ばれた自分が、シードの暮らす城に留まり続けているのを良く思っていないかもしれないということは何度も考えた。実際、ロイズハルトを何度も何度も説得して、ようやく認められた滞在だ。本音ではどう考えているのか分からない。
しかしあの夜に、エリーゼへの手掛かりをつかんだあの朝に、ロイズハルトが掛けてくれた言葉は偽りだとは思えなかった。柔らかく微笑んで、エルフェリスに向けられた紫暗の瞳が殺意を秘めたものだったとは、到底思えないのだ。
けれどロイズハルトの名でしたためられた手紙に誘われて出向いたこの場所で、ロイズハルトの命で放たれたという吸血植物に襲われて、今に至る。
エルフェリスはどうしてか、ひどく絶望的な感覚を味わっていた。
その間にも足首に纏わり付く吸血花が、エルフェリスとリーディアの疑念をも吸い取っているかのように大きさを増していく。その度にひどい眩暈がして、ついにエルフェリスはぐらりとその場に崩れ落ちた。
立っていることすらままならない。それを見た男たちがゆっくりじりじりと、獲物を追い詰めるようにエルフェリスたちに詰め寄り始める。
何とか顔だけを上げて、エルフェリスは精一杯の力を振り絞って男たちを睨み付けた。
そんなエルフェリスの姿を遠目から嘲笑うのは、先ほどリーディアが「ヘヴンリーの……」と呟いたあの男。
「まだそんな目ができるとは……なかなか人間もしぶとい生き物だな。……すっかり忘れていたよ、人間の時の事なんか」
その笑みが、エルフェリスの働かない脳内に生理的嫌悪をもたらす。
こんな輩の前に這いつくばっている自分が情けなくて、悔しくてたまらなかった。できることならば、すぐにでも立ち上がってその顔に神聖魔法の一つでもかましてやりたい。こんな状態にあっても、そんな衝動に駆られた。
しかし無常にも、そんな思いとは裏腹に、エルフェリスの身体はちっとも言う事を聞いてくれない。
だから男たちは調子に乗って、口を滑らせたのだ。“生”に見捨てられかけたエルフェリスたちを再び立ち上がらせてしまうような一言を。